友隆の困難35
「……あのさ、俺お前達のそういうノリ苦手なんだけど」
「恩田さん、すいませんて」
「ちゃんとどういう状況か分かってるんだよね?俺も自分のプライベートの時間使って来てるわけじゃん」
「はい、承知しております。申し訳ありません」
「まったく……で、緑町は?」
「あ、お手洗いに行ったみたいで」
「そう、須藤と三枝はキッチリ仕事終わってから来るように含ませてあるから」
「まぁ、それは丁度いい塩梅ですね」
「うん、で何してたの?」
「いや、なんか緑ちゃんの鼻水が友隆の手に」
「黙って」
「……は」
「あ、緑ちゃん、大丈夫だった?」
やっべー今の聞かれた?緑ちゃん怒らせちゃうよ。
俺はおそるおそると、様子を伺った。
泣いた後とも見えるが知らなければ、平常に見えるな……。
「いえ、すいません、給湯室の扉が開かなくて……」
「あー!!いいよいいよ、ポットの掃除からしないと多分使えないし」
「何か、飲み物買って来ますけど……」
「いや、いいって緑町。皆んな退勤して来てるから、飲み物ぐらい持ってるって」
「あ……ソウデスカ……そうですね」
シュン、とした顔で緑ちゃんは俯いた。
多分ね、退勤して来てるってのが申し訳なく感じたんだと思う。
「じゃ、まぁ……ちょっと、擦り合わせしちゃっていいかな?事実確認も含めて」
緑ちゃんはこくりと頷き、俺らは会議室へ一緒に入って行った。
「富海には聞かせていいの?」
友隆が、椅子をガチャガチャとあっちがいいか、こっちがいいかとセッティングしている。
恩田さんのその質問に緑町ちゃんが答える。
「あの、富海君には相談してて……なので……」
「そっか、富海は椚先輩に報告上げてたんだよな?」
「あー、恩田さん俺も気付いてた事だし、何でも明け透けに打ち明けてたら緑ちゃんの相談相手がいなくなっちゃうじゃない」
「……まぁ、内容によるね。先走ってごめんな、富海」
「いや、えーと……あんま聞いてなかった……」
変なボケに緑ちゃんがふふっと笑う。
「友隆、なんかそれだと圧迫感あるからさ、円形でちょっと席離してよ」
「ハイハーイ」
恩田さんはフーとため息だ。
こういうノリを止めろと言われたばかりだもんな。
俺も淡々と進めるべく、プリントアウトした証拠を恩田さんと緑ちゃんに渡す。
一先ず確認してもらおう。
ーーとは言え、緑ちゃん、大丈夫かしら?
本人気付かずにって内容もあったかもな。
あまり知りたくなかっただろうよ。
何か、すごーく目が円くなっちゃって……
「ここが、椚先輩、んで、恩田さん、緑町さんは好きなところ座って?」
「あ、うん、ありがとう。富海君はどこに座るの?」
「合コンじゃねーんだから、とっとと座れ」
「はいっ!すいません……」
「椚さん、先に座って」
「あ、ハイ、失礼します」
恩田さんに促されて、席に着き結局、椚、恩田の左右に空席があり正面に緑ちゃんと友隆だ。
一応円形だが、あんまり意味なかったかもね。
「あ、椚先輩その席は若干足が伸ばせるから」
「……友隆、黙って」
俺は流石に止めろと思ったさ。友隆も恩田さんの様子を察して気まずい顔をした。
ま、緑ちゃんに気を遣って敢えての事だとは感じてるよ。
さっきの聞いてなかったとかありえねーし。
はー憎たらしいわ。
「うん、じゃぁ……どうしようか?一先ず緑町は内容把握できた?」
そうだな、俺がDJ……じゃなかった。恩田さんが聞いてくれた方が話しやすいかもしれないな。
「……はい。えーと、もう一回見返しても?」
「うん、ひとつづつ確認はするから安心して」
「はい、すいません、あの、この業務内容ですけど……」
友隆は席に着いたっきり、考え事をしているようで常に緑ちゃんに気を払っている。
ま、その役は今はな、譲ってやるよ。
「うん、覚えてる?」
「えーと、確かに私が恩田さんにチェックをお願いしました」
「じゃぁ、その仕事の経緯は覚えてる?」
「これは、私……池國先輩に頼まれた仕事で……多分そうだったと。間違えて恩田さんにチェックを上げたってことですよね」
「えーとね、裏取は……椚さん……」
俺は頷き、ポリポリと頭を掻いた。
「緑ちゃんの記憶は補足でしかなくてさ。業務の行き来は確認出来てるの、ただ本人が覚えてないと……こう、気持ち悪いからさ」
「ーーだから、わかってる事も聞いて下さってるんですね……」
「うん、ごめんね。続けて平気?別に尋問してる訳じゃないから」
「……はぃ、えーと……はい……」
ちょっとマズいな……。緑ちゃんゴクゴク唾飲んでるし。多分泣きそうなのを堪えてるよ。
俺は友隆に視線をやると、すくっと立ち上がった。
ま、俺らも事実を知って唖然としたからな。
緑ちゃんが自分でやったと思ってた仕事を池國の担当に書き換えて上げてた訳で。
出発が池國だから、こちらでその時には確認出来てなかった。でも結局履歴を辿って確認すれば分かること。
そんな事、普通確認するなんてありえないけどな。
恩田さんが介在した事で明るみになったが、解雇……それすら頭を過ぎる行いだ。
想定していたチェックまでの横取りとは全く話が別だ。案件によってはインセンティブすら持ってかれていたんだから。
「あの……すいません……私が気付かないの変ですよね」
この言葉に恩田さんは俺の顔を見る。
ん?何の確認だ?
「緑町、気付いていて言えなかったと言う事はないか?」
「それは……」
……まじか。緑ちゃん気付いてて言えなかったの?俺は『てんてこまいまい』で本当に気付いていなかったのだと。
緑ちゃんは首を横に振った。
「いえ、それで自分で気付かなかったのは…….私のせいです」
えー……それはどっちか疑うような反応なんですけど。ここで池國まで庇うかね?そうなると緑ちゃん自身に優しく出来ないって人もいるんだよ。
「うん、そうか、じゃぁその言葉を信じるからな。緑町は気付かない内に……池國に自分が仕上げた仕事を盗られてたって事だからな」
「…………」
「えと……」
「恩田さん、休憩、何か責めてる感出てるから」
「いや、そんなつもりないけど」
「……」
緑町さんは俯きながら、ポロポロと雫を落としている。
そこに友隆が若干の息切れと共に戻って来て、俺らに缶コーヒーを差し出してくれる。
「アチチ……」
「なんでホットだよって一瞬思った」
「ホットで良かったでしょ」
「緑町さんは、ココア」
「えー、俺ココア飲みたい」
「熱いっ!!」
俺の軽口を無視して、友隆が緑ちゃんの頬に缶を当てた。
「あ、すいません、火傷はしてないと思い」
バチっと音が聞こえた、乾いた音で。
「すいません、大丈夫ですから」
「う、ぅ、うぇえええーーーん!!」
「あー!!あぁーあーー!!」
「あーーーーん!!」
緑ちゃんが子供のように泣きじゃくって。
コーヒーのやり取りからほんの一瞬の事だった。
俺と恩田さんは呆気に取られているが、友隆は何事でもないようにカシュッと缶の口を開けてただ見ている。
「緑町さん、大丈夫、大丈夫、飲んで」
そう言い緑ちゃんの口元に缶を近づける。
コクっと、差し出されたココアを口につけた瞬間、鳴き声は収まった。
そして缶を離すとまた泣き出しそう……
「はい、もう一口!!」
またクコリと飲んで黙った。
「…………」
「……すい、ま、せ……」
「私、馬鹿で、ノロマで、わた、わた……」
「はい、飲んで」
「あぃ……自分で持つ……トノ……く、勢い、よすぎ……」
友隆は緑ちゃんにココアを確かに握らせると、こちらに視線をやる。
「えーと、わかんないんですけど……いい?緑町さん、俺が関係ない事かもしれないけど、緑町さんから聞いた事話しして」
緑ちゃんは頷いてるんだか、飲んでるんだか何だかわからない感じて、ココアの缶をくいくいと上下にした。




