友隆の困難32
俺はひっそりと、音を立てないよう課に戻った。
別にこそこそする必要もないんだが、出た手前視線が気になる訳で。
そんな俺に恩田さんが、指先で袋を示している。
俺は頭を下げて、席に着き鰻重を確認した。
羽毛布団のようにふかふか〜と、名高い名店の鰻重。
コンビニだろうとスーパーだろうと、随分値が張るもんだ。甘い味付けはそんなに好きじゃないが、美味しいもんは美味しいと分かるからな。
俺はひっそりと、手を合わせて『いただきます』と呟いた。
つい恩田さんの様子を見てしまうが、PCへ視線を落として集中しているようだった。
そうだ、決してゆっくり仕事をできる状況じゃない。
休憩時間は、束の間の事。
俺もこの『うな』を食べたら、ガツガツ仕事をしなきゃならない。
だからこそ、あえてガッ付かずに恩田さんの好意を味わいたい。
俺は鰻重に合わせてくれたと思しきお茶も大切に飲んだ。
一息ついて、自分の世界から抜け出すと、課に残っている人達は皆仕事に邁進している。
普段外食しない人も、外に出ている様子だった。
ふと気付くと残っているのは緑町一派(仮)といった状況で。
その観察途中、椚先輩と目が合った。
椚先輩は知らん顔という感じだったが、今がチャンスと思ったのだろう。
「今日、ちょっと話したい事がある。緑町、悪いな、察しの通りだと思うが個人間でどうこうって話じゃない」
緑町さんは少しの沈黙の間立ち上がった。
「すいません!私の事で皆さんにご迷惑をかけました!!あの……」
「いや、いいから。緑町が悪いんじゃない」
緑町さんが言い及ぶ前に恩田さんが静止する。
でも……と、言葉を紡ごうとした時だ。
「緑町さんに仕事を押し付けてた人がいるんです。僕はそうじゃありませんけど多分、皆んな、多かれ少なかれ……」
三枝。お前結構周りが見えてんのな。緑町さんの事だからなんだろーけどって思ってごめんな。
震えながら三枝は、眼鏡をくいっと上に上げた。
「ここにいる人達は緑町さんの味方です、そうじゃない……僕はまた別ですが、悪意のない人達だと思ってます。どうですか?緑町さん、このメンバーなら安心ですか?」
「え?!いや、うん……うん、ごめんなさい……」
馬っ鹿……そんな直接聞かれたら答えようがないだろ。
つーかなんだよ俺は違うアピールがウゼェな。
「終業後、第四会議室に集合。箝口令敷くにはちょっと多いけどな……巻き込まれたくない奴は来なくていい。心当たりがあっても個人を追求したりしない。ただ、うちの課の人間として知っていて欲しい」
椚先輩の言葉に各々頷く。
緑町さんは、すいませんと言うばかりだ。
あなたが悪いんじゃないです、大丈夫です。
こんな仰々しい感じになって辛いでしょうが、きっと良くなります。
こんな目に遭うぐらいならって思うかもしれませんけど。それだけ、皆んな緑町さんを想ってるんです。
なのに、知らん顔して。
大丈夫だろうって、放っておいて。
「緑町さん、申し訳ありませんでした」
「え?え?!なに?富海くん……」
「いや、やっぱ同じ課に居たら助け合わないと……」
「いや、いや、いや、私が……」
パンパンと手が鳴らされる。
ここは恩田さんだ。
「今はやめろ、富海も『うな』したら速攻仕事だろ。須藤、三枝、お前達もやる事をやるんだ。ここで停滞はできない」
その言葉を受けて各々が向き直る。
この問題を解決するまで、仕事は待っちゃくれない。そんな当たり前のことも、人が多くなると忘れちまうんだ。
こういう同調意識が緑町さんの問題に繋がった事を忘れるな。
俺は鰻重を掻き込んで、恩田さんにお礼のジェスチャーを送る。
恩田さんはフッと笑っていた。そして椚先輩が質問をする。
「恩田さん、ところで『うな』ってなに?」
「富海が飼ってる猫の鳴き声ですよ」
「へー、恩田さんも知ってたんだ」
「最近猫の毛が凄いからね」
「俺は鰻重が見えたよ、な、三枝」
「別に何食べてもいいじゃないですか……」
緑町さんがそのやり取りに吹き出す。
「俺も食いてぇ……」
そう言う須藤先輩は、カップ麺を啜っていた。




