友隆の困難30
「遅くないです?」
「……」
「俺は遅い気がしますけど」
「……うん」
俺は恩田さんに借りたデスクと、課長のデスクの往復の合間につい話しかけてしまった。
「緑町さん、出社しちゃうんじゃないですか?」
「いや、朝はリモートで午後から直行だから」
「あ、そうでしたね」
やっぱり知ってたよ、恩田さん。
『緑町さん』の単語に反応してないか気になり、三枝とうっかり目を合わせてしまう。
俺は今気にしてもしょうがないと言った手前、今今も許されない。
直ぐに話を切り上げて、俺は課長のデスクで立ったままタスクの確認をした。
ーー所先輩方の前で流石に座り辛い。
「……」
んーなんか、多分だけど全体的に進んで無い感じがする。でも俺じゃフォローに入りきれねぇよ。
あと池國先輩のタスクはどうしたらいいんだ?
もっとよく聞いておくべきだったな。
俺が思案しつつも、どうにか後倒し業務を探して割り振りを変えてみた。
うん、これなら行けそう?
「すいません須藤先輩、今の仕事のキリが良くなった処で明後日の資料作成に移行できますか?」
俺の声に反応してパッと顔を上げてくれた。
「あ、富海……そうなんだよ、ちょっと来てくれね?」
俺は内容に若干予想がつきつつ、須藤先輩の元へ行くと案の定だ。
俺はコソコソっと小声で伝える。
「これ、今日は緑町さんにはお願い出来ませんからね。俺が組んで渡すんで、必ず覚えて下さいよ」
「おう……なんか俺とことん向いてないってか……なんか難しいんだよこの関数ってやつが」
「苦手だって思うからですよ、形で覚えてください」
「富海、いいよ、俺がやるって」
小声でも聞こえていたようだ、というか須藤先輩絡みではこれ以外ないって訳で。
「恩田さん……」
「須藤さん、下だからお願いしやすいっていう甘えはやめて下さいね」
「はい……」
「貸し借りの世界でちゃんと筋は通してくださいよ」
恐いな……普段触れてる椚先輩の論法とは違うからだろうか。なんだかんだあの人は冗談めかして、結局、大丈夫だって優しさ優位だもの。
「ちゃんと覚えて来ます……」
その言葉に恩田さんはニコリとした能面を着けて須藤先輩を見た。
うん。
これだな、このたまに見せる能面感が恐怖。
俺はぼんやり突っ立てても仕方ないので、デスクに戻ろうとすると恩田さんから声がかかった。
「富海、多分この配分ならいけると思うよ、お前はしばらく自分の業務を進めな?結構重いけどお前ならいけそうじゃん」
「はい!ありがとうございます!」
俺の裁量が認められたようで、ちょっと嬉しい。
その時の恩田さんの顔は能面の表情じゃなく、人間ぽい感じの笑みに見えて安堵する。
「あと、言いにくいだろうけどちゃんと遅れは指摘してくれよ、周りも富海が言いたくないこと言ってくれてるって考えて受け止めるんだ」
そこここから、何となく返事が聞こえてくる。
普段、殆ど一人業務の恩田さんからこんな言葉が出てくるとは思わなかった。
俺は大きく頭を下げて自分の仕事に戻った。
**********
昼休憩の始まる時間に差し掛かる頃。
課の扉が開く。
皆一様に視線を向けた。
「戻りました、よ、と」
戻って来たのは椚先輩単体だ。
周囲は聞きたくても聞けない様子で、視線はPCだがキーボードの音が鳴り止む。
「椚さん、池國は?」
静寂を破り、恩田さんが皆んなの知りたいであろう事を聞き始める。
「ん、帰した」
「えー!池國のタスクはどうするんですか?」
そもそも、朝から殺伐とした空気をつくったのって恩田さんだよな。
他人事みたいに言って、この人ってば……結構好きかも。
俺は口角が少しあがってしまった。
けれども椚先輩の方を見続けて、とっととこのバトンを受け取ってくれと察し待ち。
「恩田さんも話聞きたいんだけど、だいたい分かりましたんで」
「大丈夫?誤解してない?」
「自信はあります」
「ま、池國を帰したっていうのが答えなら、そういう事なんでしょうけど……こちら目線の詳細はお伝えしますね」
「友隆、恩田さんと昼休憩取って来ていい?」
「あと、一時間だけっすよ」
そう言いつつ俺は脳内に仏壇で叩くアレの音を響かせた。
「なんか、問題あったら電話して」
「当然です」
「おう、じゃ頼んだぞ」
そして椚先輩と恩田さんは課から姿を消した。
二人を見送りつつも、正念場に変わりはない。俺は指がつるんじゃないかってくらいの勢いでキーボードを叩き続ける。
あと一時間、ここまでは終わらせないと。
「富海wお前うるせぇ……」
俺はその言葉にぱっと顔を上げた。
ちょいちょいと、恩田さんのデスクのキーボードと俺が普段使ってるキーボードを差し替えるようジェスチャーが送られてきた。
「あ、すいませんでした」
俺、ぶっ叩く方だから浅くて音が響かないキーボードを自分のデスクでは使ってたんだ。
キーボードを接続し直して、再び頭を切り替えた。
「深夜のハムスターかと思ったわなw」
課から笑いが起こる。
「邪魔しないでください!」
「ハーイ」
俺は若干ゲンナリしつつも、緊張がほぐされた事に感謝した。
そうこうしている間に時計を確認すると、結構時間が経っている。
椚先輩達が戻る前にもう一度、進捗確認した方がいいか?……っても今から何ができる訳でもない。
「……」
俺のやるべき事を見誤るな。
確認しよう。
それで俺が受け持てるものは今日やり切ればいい。
受け渡し時点で、最後まで回る算段がついてないとダメだろ。
そう意を決して、俺はタスク進捗に目を通した。
ーーーーあれ?
何か、思ってたよりも悪くない。
多分だけど回ってる。
何やら相互でコミニケーションを取ってる人達もいるし調整出来てるようだ。
「富海、俺も休憩そろそろ入ろうと思うんだけど、いけそうか?」
「午前のタスク終了してるなら……」
「ちゃうちゃう、回ってないとこないか?30分くらいなら空きあるぞ」
「ありがとうございます!大丈夫そうですけど……皆さん……大丈夫……いけそうです!!」
俺は確認をしつつ、若干しどろもどろにそう答えた。
三枝がパチパチと何やら拍手してくれてる。
俺はごめんなジェスチャーを送るとフイと直ぐに視線を外していった。
俺は、ぐぐーっと伸びをして。
これってシャノの真似かな。
もっと伸びるように。
フーと、ひと息ついてエンターキーを押した。
後は椚先輩がどう判断するかでしょ。
それぞれの業務のウェイトを正確に測れているわけじゃないけれど。
途中恩田さんのお墨付きもあって安心してる。




