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俺は猫とメンヘラがキライだ。  作者: 反射的な司馬懿
緩やかな修羅場

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友隆の困難26

「こら、シャノ!!」



 俺は風呂上がりシャノが思いっきり爪を研いだであろう壁の傷を発見した。


 朝はなかったはず。


 いや、今まで気が付かなかった?


  いやいや、そんなわけがない……バリッと研がれた壁。



「壁は爪を研ぐところじゃないぞ」



 シャノは俺の顔を見て話を聞いているそぶりをする。


 そして大あくびをこいて、フス……と、ため息のような音を立てた。



「……ったく」



 先生が言う事を聞かない生徒に対峙しているような気持ちになるな。



「俺もそんな時期あったよ」



 こんな事を言っても意味はないさ。


 だが、どうしても言っておきたかった。


 遅く帰ってきた腹いせにやったのかも知れないと思ってしまう自分がいるのだ。


 だから言えば分かってくれるような気がするんだよ。


 

「シャノ、ごめんな、なるべく早く帰るからさ、壁で爪は研がないでくれない?」



 シャノは知らん顔で、今度は足で耳を掻いている。



「……」



 俺は冷静だ。

 猫に話は通じない。

 そうだよ。そうだろ。


 俺はやれやれと、自分自身に呆れた。そして食事の準備をはじめようとしたところドライヤーをかけ忘れた事に気づく。



 ……もう面倒いからいいわ。



 湿り気の強い髪を掻き上げ、エアコンの除湿を入れた。


 こんな動作にいちいち思うことがある。


 エアコンも随分気を使うもので、シャノは寒くないか暑くないかと、日々の温度確認も必須になっているのだから。


 切りタイマー、入りタイマー。

 案外使ったことのない機能だ。


 ほんと、猫ファーストの生活になってるよな……俺。


 そんな事をしみじみ思いながらも台所で野菜を千切る作業を進める。


 壁の補修をどうするか……なんて事も、ぼんやりと考えていると足を押す何かが。



「……」



「シャノ、頭ぐいぐいしないで……」



 俺がシャノに目を落とすと、コテンと倒れて動かない。



「邪魔だな〜」



 そう言いつつも、心の中では可愛いやつだと思ってるんだ。


 俺はサラダのようなものを完成させて、椚先輩から貰った冷凍パスタをレンジにかける。



「先にかけておけばよかったね、シャノ」



 自分の失敗をなんとなくシャノに伝えたくなる。


 俺は首をフルフルと横に降って、猫が纏わりつく頭を払ったつもりだ。


 そしてテーブルにサラダとドレッシングを置いて戻るとシャノはゴロンゴロンと床で動いていた。



「……それ楽しいか?」



 レンジのジーという機械音を聞きながら、シャノを観察する。



「分かった」



「起き上がれなくなったカメの真似だろ」



「……」



「カメ知ってる?」



「……」



「壁で爪研いだら駄目だかんね」



「……シャノちゃん、俺返事がないと寂しいわ」



 そんな独り言の最中、ピーとレンジが鳴る。


 するとシャノもガバッと起き上がりワーと声を上げた。



「なんだよ……お前のじゃないぞ」



 その様子を見て記憶が呼び起こされる。


 愛が何か食わせてたような気がするな。


 なんだっけ……レンジでチンした何か。


 シャノが台所でソワソワする理由。


 俺がシャノになんの興味も示してなかったその時の出来事。



「駄目だ、思い出せねぇ……」



 俺の後をついてまわり、シャノはフヒフヒと鼻を鳴らしてパスタの匂いを嗅いでいる。



「あの日の事は思い出すよ?すげぇ苦しかったのかな……ホントごめんな」



アォ……ン



「うん」



 俺はこちょこちょっとシャノの頭を掻いて自分の飯に集中した。


 こう言っちゃ何だが、美味くも不味くもない、ただ腹に入れるだけの食べ物。


 味に変化はない。


 けれど隣にいるこいつに構いながら食う飯は楽しいもんだな。


 そう感じるのは何度目だろうか。

 


「あ」



 ふいにソファーに放り投げたままになっていたスマホの通知に目が入った。


 シャノに注意しつつ、確認をすると緑町さんからの不在着信が一件。


 もう一時間も前の事だ。



「あっちゃー……すっかり忘れてたわ」



 俺は急ピッチでサラダを掻き込み、メールが届いてないかも確認をする。



「ーーこら!」



 ちょっと油断するとシャノの手がニュッとテーブルに伸びている。



「ご飯足りなかったのか?」



 もしかしたら、一度食べたパスタの味を覚えてしまったのかもしれない。多分、そういう頭の良さというか、食い物への関心は強い方だと思うから。



「お前は食べちゃいけないんだよ」



 俺はメールの確認を諦めて、シャノの興味を惹くパスタもさっさと始末した。


 

「全然飯食った気しねぇわ……」



 ……成程、シャノも飯を食う時もの凄い速さで食べてるもんな。満腹感を得られないのも納得だ。


 だから欲しがるんじゃね?


 シャノの顔を見て、残念そうに見えちまうんだからホント、困ったもんだね。



 俺は使った食器類と共に、スマホを持って台所へ向かう。



「……」



 面倒くさいと思い始めたら、電話出来なくなるもんな。



 一応、シャノの位置を確認すると瞬間移動のごとくキャットタワーで丸くなっていた。


 

「諦めたか……」



「……よし」



 俺は緑町さんの着信履歴から、なんの頭もなしにスマホの呼び出し音を聞き始める。


 耳に充てつつ、水を流して緑町さんが電話に出るのを待った。



「……」



「…………」



「でねぇな……」



 ちょっと掛け直すのが遅すぎたかな?



「……」



 俺は耳が痛くなり、手元作業を止めて肩に挟んだスマホを手に取る。



「あ、」



 画面が通話中に切り替わってる。



「もしもし?」



『もしっあっ!ごめんね〜富海君!!』



「いや、すいません折り返しが遅くなって……」



『大丈夫?忙しかった?時間ある?』



「はい、大丈夫です、忙しくないです、時間あります」



『ごめんね、疲れてるでしょ?』



「いえ、疲れてないです」



『……』



「……」



 何だってんだよ、緑町さん。俺が聞かないといけない感じか?



『えっとね……』



「はい」



『あの……えーと……』



「はい」



『仕事……』



「はい」



『…………』



「……」



『仕事辞めようかと思って』



「……はい、はい?」



『……』



「えーと、それ他の人……ってか椚先輩に言いました?」



『ううん、まだ……』



「じゃぁ、撤回するのは簡単ですね」



『富海君……』



 分かる……泣いてるぞこりゃ。



「緑町さん、大丈夫ですから。いや、今まで本当にすみませんでした」



『簡単に言わないでぇ……』



「いや、簡単に考えてないです、緑町さん辞めるなんて止めてください」



『……私が、悪いんだよ、ごめんね』



 出た!『ごめんね』で全て片付けようとする女の悪いとこ!!


 いや、いや、それは俺の勝手な思い込みです。

 誰に言い訳してるんだかね。



「分かった!緑町さん明日話し合ってからにしよう!お願いだから今決めないで?」



『……』



「決心したらダメだよ?」



『…………うん』



「まだ決められないから、話してくれたんだと思うんです!明日、その……」



『富海君……』



「はい!」



『私、困らせてるよね?ごめん、なさい……』



「……」



 はい、困らされてますなんて言うわけないじゃん!緑町さんが居なくなったら困ります。



「辞めたら困らされますけど、これって俺が緑町さん困らせてます?」



『なにそれ』



 あ、ちょっと笑ってくれてるかな?



「いや、そのまんま、俺の気持ちです」



『……そっか』



「……椚先輩の事は」



『あ〜……私、椚先輩苦手なんだよね。なんか、生き物が違うっていうか……』



「……」



『ごめんね、仲良いのに』



「いや、まぁ……知らないだけで凄く、えーと……」



『ごめんごめん!たまにビックリしちゃうんだ、恐いなって思ったりしちゃう事もあって』



 そら仕事ですから、椚先輩それは言葉違うだろって思う時はあるけど。



「でも優しい人ですよ」



『うん、それは分かってるつもりなんだけどさ……なんかグサってくるんだぁ……』



 なんてこった、椚先輩。


 俺は椚先輩の緑町さんへの気持ち知ってるから、すげー聞き難いよ。



「…………改めます」



『なんで富海君がいうの』



 あ、これ間違いなく笑ってる。


 俺は電話口のテンションに一喜一憂というか、気持ちを読み取るのに必至だ。


 だから今、緑町さんは笑ってると思う。


 とにかく明日だ。どうなるかは分からないけど悪いようにはならないはずだから。


 そこまでは絶対に繋がないといけない。



「緑町さん、一回!一旦!今日のことはきっかけだったかもしれません……でも」



『うん、そうだね……私富海君に甘えたかっただけかも』



…….?そうなの??



「俺なんか、椚先輩の10分の1も役に立ちませんけど……」



『ううん、ありがとう……えっと、ありがとう」



「はい」



『ごめんね、疲れてるのに』



「いえ、明日直行ですよね?」



『あ、そうそう。でもお昼からだから……朝はリモートでいいって』



「そうですか」



『気、遣わせちゃったよね……』



「安心して出社してください!」



 いや、どうなるかはわからないけど。まぁ、その日は緑町さんに無理難題押し付けられないだろうからね。



『あの、私……えーと、椚先輩に謝っておいてくれるかな?』



「なにかありました?」



『もー分かってるでしょ……椚先輩、資料作成無理したと思う、ほら、富海君のやつ』



「ああ、お礼は自分で言ってくださいよ」



『本当にこの仕事貰っちゃっていいの?』



「俺も緑町さんの貰ったんで」



『それは富海君がやったからじゃん』



「とにかく、椚先輩に言ってください」



『……そうだね、ごめんね』



 ホント、この人謝ってばっかだわな。つーか、やってくれてるのって椚先輩なんだから。そっちに気持ちが向かないのって、普段のハラスメントのせいなんだろーな。


 ま、これは仕方ないか?

 


「緑町さん、椚先輩はいつも見てくれてますから、大丈夫ですよ」



『……うん、そうだよね、椚先輩にも感謝してるよ』



「はい、伝えてあげてくださいね」



『うん、ちょっと恐いけどね』



「俺もいるんで……」



『うん、うん……そうだね、私、富海君がいれば大丈夫だと思うよ』



「いや、マジでそんな役には立ちませんけどね」



『……ありがとう』



「どういたしまして!大丈夫ですよ!」



『うん、あの……』



「はい」



『猫の……飴、ありがとう』



「あぁ……大したものじゃないんで」



『ううん、ほんと、ありがとう』



「……喜んで貰えてよかったっす」



『うん』



 なんか、また泣いてね?



「緑町さん、大丈夫?」



「うん、ごめんね……」


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