[番外編]シャノと友隆とキャットタワー
早い……早すぎる。
何がって?気の迷い……いや、買ってやりたかったさ。
けれどもポチった翌日に届いてしまうんだから凄いもんだ。
微睡の中、半分意識なく俺は選んでしまったんだ。これだから深夜のショッピングは危険だよ。
通知が来て内容を確認して驚いたっての。
こんなにもメルヘンチックなキャットタワーを己が選んでいた事に。
てっぺんはお花が咲いていて、バネ付きの蝶々で遊べるやつ。
三段のステップはキノコを模してる。
可愛い、可愛すぎる。
無機質な空間に佇んでいた、ひとつのオーパーツ。それはシャノのトイレ、おしゃれなお家。
そこにこんなものがやってきたら、完全に汚染されるだろう。
無機質側が。
俺は帰宅し玄関先に置き去りにされた、とんでもない大きさの段ボールに慄いた。
心当たりはもちろんキャットタワー。
だが、だが早いんだよ。分かってたくせに分かってないと思いたい。この気持ち分かる?
しかしこれを片付けるのは俺ひとり。
受け止めるしかないんだよ、この現実を……ここ、四階なんだぜ。
運んじまったから置いてったんだろ、こんなものを。
まず在宅を確認してくれ、頼むから。幸い奥の家は空き家だったはず。
通り道なんてないって大きさ。
つーか、扉も開かないよ?
俺はこの時、引き戸の作りに初めて腹が立った。
どうにか横にずらして戸を開けようと……間違えた、逆だ。
開けた扉が邪魔をして中に入れる事が出来ない。
俺はゲームの中のキャラクターの気持ちで、再び段ボールを横にずらしていった。
ドアを開けて、なんとか中に段ボールを入れることに成功。
もう既に疲労感がはんぱない。仕事帰りだもの、そらそうだ。
俺は玄関の段差をなんとか超えて、室内と呼べる廊下まで段ボールをあげた。
このまま引きずっていっても、先の入り口と一緒だ。
廊下からリビングに入れるにはまず、ドアを開けるところから始まるわけで。
「……」
うん、俺、頭働いてないわ、今。
玄関の音に反応してか、シャノはサリサリとドアを触ってやがる。
開けて欲しいんだろ、帰ったぞ。
そう思いガチャリと廊下とリビングを繋ぐ境界のドアを開けるとバッとシャノが、後ろに飛んだ。
俺の後ろの段ボールのデカさにビビったんだろうか、可愛いやつめ。
「風呂出たら一緒に見ような」
そう伝え、俺はそそくさと風呂に入った。
風呂上がり、確かにさっぱりしたものの、俺は全く開梱の意思がなくなっていた。
そら、こんなん今から開ける必要はないだろ。
飯食ったら若干、家の掃除もしたいわけで。
そしたらもう寝る時間だろ、な、シャノ。
シャノは相変わらずの勢いで餌皿に貪りついてやがる。
俺はボケーっとソファーで横になり、ポップコーンをたまに口に投げ込む。
そしてビールをくぴくぴと。
なんてダルイ日だ。
今日はもう、何か食事する気は起きねぇな。
そんなんでスマホいじりなんかを続けていたら、聞こえるぞ。
シャノが廊下を繋ぐドアをサリサリしてやがる。
「……」
一緒に見ようとは言ったさ。
でもコイツが、そうしたくてドアを擦っているとは全く思ってない。
思ってないけど、なんか俺の罪悪感のようなものを煽るじゃねぇか。
……いつまでも一緒に居られる訳じゃないんだからさ、一日も早く遊ばせてやりたいよ。
「……」
あーあ、意識しちゃったら、放っておく方が精神に悪いのです。
解決するには、やるしかないんだ。
やりたくねぇって放っておくと、それが気になって楽しい事も楽しめねぇんだよ。
俺の今の楽しい事?
猫の動画視聴じゃん。
シャノが来る前、俺はなにしてたよ。
「……シャノ、やるぞ」
やる気はな、やり始めないと起こらないんだよ。
とにかくやるんだ、やったらついてくる。
俺は一先ずシャノを置いて、カッターを装備し廊下へと出た。
この段ボールごと、リビングに入れるのはやめよう。
ここで開梱して、中身だけ運び込む、そうしよう。
頭の中で手順を考えつつも、頂点から開封するにはデカすぎる。横に倒すのも腰がやられそうだ。
「よし」
俺はダンボールの真ん中に刃を刺して横へ横へと真っ二つにしていった。
中のものが切れたりもしないだろう。
そして蓋を外すような形で上部の段ボールを取り外す。
ダンボールの大きさからすると拍子抜けするほど中身は詰まってなかった。
更に刃を進め縦に切り、中の物を取り出す。
支柱がやはり重い。
取説を探すとダンボールのてっぺんに張り付いているのを発見して中の部品の数を数える。
「キノコと、お花と、ちょうちょ……」
口に出すと際立つメルヘン。
「ちょうちょ……ちょうちょ……あった」
特に工具も必要なく手だけで組み立てる事が出来る仕様でなによりだ。
画像と現物の差も感じず、なかなか悪くない。
俺はドアをそっと開けてシャノの様子を伺ったが近くにはいないようだ。
せっせと、中身だけを室内に移動して、段ボールを畳み終えたところで異変を感じる。
なんだ?この音……
カサカサというか、クシャクシャというか……
「やべ!!」
急いでリビングへと戻り、シャノを探すと頭からポップコーンの袋を被ってモゾモゾとしていた。
すぐさま袋を外すと、輝く目を俺に向けて口周りをべろべろと……
俺は濡らした布巾でシャノの顔を拭い取り、前掛けのような胸周りもよく拭いてやった。
「あー……」
またもや同じ失態だ。
今回は中身のない袋だったが俺が最後に残りカスを口へかき込んでなかったら、シャノがまた食べてしまっていた。
とは言え、塩っけをこいつが舐めてしまった事に変わりはない。
ある程度のセーフラインは理解してるが、それでも心配になる。
「シャノ、牛乳飲もうか……」
俺は塩分を薄めるべく、シャノ用の牛乳を注いでやって取説を持ってソファーへと座り込んだ。
床に並べた部品と順番を頭に入れる。
完成まで想像出来たら、さて着工だ。
「また、お前は……」
どうしてか、顔中牛乳だらけ、顎がびしょびょの状態でソファーの上へと登場したシャノを見て俺は笑ってしまう。
さっきの布巾をもう一度洗って、シャノをもう一度拭いてやる。
「世話が焼ける猫だね」
不思議と拭われてる間は大人しくしていて、拭き終わるとピョンといなくなる。
まるで理解しているかのように思えるんだ。
シャノの動きを視線で追うと、真っ先にちょうちょのおもちゃを叩きだした。
「そんなベトっと落ちたちょうちょシバいてどうすんだよ……」
「今から生き生きとしたちょうちょになるから待ってろって」
と言っても、ちょうちょは最後に刺すだけの部品だがな。
俺は若干重い腰をあげて作業に取り掛かる。
「部品が分かりやすくていいわ」
まず支柱に『A』のステップを嵌める、『B』と『C』を組んだものを『A』に繋げる……と。
俺が手順通りに組んでいると、シャノが取り付けたばかりのステップの上に飛び乗った。
「気が早いな〜」
ちょっと背の高いところから俺の様子を見てきやがる。
「現場監督かな?ちゃんと仕事してますよ」
マ……
「監督、そこにこれを付けたいんで一度どいてくれますか?」
マォ……
ホント、返事してるみたいだよな。言ってる事が伝わってないのは分かるけど。
シャノはクリっとした目で俺を見つめるが、その場を動こうとはしない。
仕方なく、次の組み立て部品を接続していると、バリバリと音が聞こえてきた。
降り立ってくれてはいたが、支柱の爪研ぎらしき部分で爪を研いでいる。
「もう元を取った気になるな〜気に入ったの?」
今度は口だけ開けて、声は出てなかった。
「そうか、気に入ったか」
そう言いつつ俺は、先ほどつけられなかった部分をくっつけて、シャノの頭をちょいちょいと掻く。
ーーうーん、すごいビジュアルだ。
今からキノコの頭がここにつくんだから……
「ま、いっか」
シャノにはピッタリな感じがして、俺は無心でキノコを取り付ける。
「ほんで、これをスライドさせて……ってどこ行った」
さっきまで監督をしていたシャノが視界から消えて探して見ると、ちっちゃな窓が開いた部品にすっぽりと入り込んでいた。
「今からそれを付けますよ?」
正直こんな小さな空間に猫が収まるとは思わなかったが、ぐるりと身体を回転させてこっちを向くシャノ。
……可愛いじゃん。
俺はカメラマンのように地べたにはって、シャノをスマホで撮った。
「じゃぁ、先にてっぺんのお花付けるぞ」
特に必要のない報告をして、一番上のお花を取り付けた。遠目から見るともう完成しているようにも見える。
やる事がなくなってしまった俺は、飾りつけの蝶々のおもちゃのビニールを破って、穴から出てこないシャノの前でパタパタと振って見る。
「ちょ、う、ちょ〜♩」
穴倉から素早いジャブが飛んでくるが、出てくる様子はない。そのままパタパタさせながら、差し込むだけの部分にプスリと差し込んだ。
「あれ、飛びかかってこねぇの?」
シャノは視線でちょうちょを追ってはいたが、それっきりだ。
「早く出てこいよー」
そう言い残しビニールやら、先ほど中断したままの段ボールやらの片付けを始める。
しばらくして戻るとシャノはてっぺんのお花から、ちょうちょを触っていた。
良かったな、シャノ。
俺はシャノを見て変な嬉しさというか、幸せを感じた。
先ほど入り込んでいた穴倉にはもう毛が付いていて……別に構わねぇんだけどさ。
これは、シャノのものだから。
穴倉をくるくるっと取り付けて、本当に完成だ。
「……っと」
シャノは俺の背中を経由して、降り立ってきた。
「俺はキャットタワーじゃねぇぞ」
クルル……
「なんだよ、その鳴き方……どこに置こっか?」
「お前窓際が好きだよな、やっぱ窓際かな」
俺は今日一の力を出して、タワーを窓際へと持っていった。
シャノは俺の後をついてきて、顔を見つめるといつもの調子で変な声で鳴く。




