俺(友隆)side
あの、クソメンヘラ女!
俺が彼女にそんな気持ちをぶつけたいと想う日が来るとは。
友人の痴話喧嘩を冷ややかな目で見ていたあの頃。
彼女にそんな言葉をかけるようになるんなら、もう別れりゃいいのに。
そう思っていた俺がそんな事を言いたくなる日を想像出来なかった。
なのに、
今、彼女の顔を見たらそう罵りたい気持ちでいっぱいだ。
彼女のあの一面を知っても、毎日何事もなく過ぎていた。
ーーーーいたような気がしていただけだった。
はっきり言って、公私共に感情の起伏の激しい人は苦手です!
『あいつは分かりやすくて、からかい甲斐がある』
『ちょっと怒りっぽいけど本当はいい人』
『嫉妬も愛されてる感じがして可愛い』
『自分がいないとダメなんだよ、ほっとけない』
どいつもこいつも、メンヘラ乙だな!
俺は深いため息とも、深呼吸とも言えない感覚で息を吸い吐いた。
深夜残があったので顔も合わさずに眠りについた俺。目覚めると彼女は家にいなかった。
あの喧嘩のような一件以来、俺は彼女のご機嫌伺いを表面に出すわけではなかったが、意識して気持ちは傾けていたのだ。
一挙一動こう言ったら、もしかして誤解があるかもしれない。
こう伝えた方がいいかもしれない。
そして『ありがとう』の気持ちを言葉に出して、都度伝えてきた。
これは母親からの躾で、『ありがとう』も『おはよう、おやすみ』、『いってきます、ただいま』、『いただきます、ごちそうさま』と同じように言えるようにと習慣づけられていた事だ。
『ごめんなさい』も同様だ。
だから悪い事をしたかもしれない、悪い事をしたと確信しなくとも、そう思う余地があるなら伝えるべきだというのが母親の躾の方針だった。
相手を思い遣る言葉を沢山使いなさいと。
だから直情的に自分の感情ばかりを渡してくる他人が苦手になった。
そして、俺は優しい人だと印象を持たれる事が多くなった。
そうする事が自分の得になっていると気づいてしまえば、ただの腹黒だ。
他人をコントロールするために、沢山言った方が良いと。
ーーーー母ちゃん、でも俺は悪人ではないよ。
彼女を、好きになったのもデリカシーがない振りで相手を元気付けようと自分が悪者になる事を顧みず、一生懸命で。
辛いだろうって時も、顔を合わせれば必ず笑顔をむけてくれて。
そんな思い遣りのある彼女を好きになって、そんな大層立派な彼女が俺とつきあってくれたんだ。
今となっては、
今となっては……だな。
俺は今の現状について観察して、よく考えた。
周囲に散らばる粉々の皿、グラス。
二人で使っていた思い入れのあったものだ。
彼女は忽然と消えて霧散するのではなく、残骸をありありと残して俺の心をえぐった。
みな、彼女が大切にしてくれた、俺が贈った、俺も大切だったもの。
そういった思い出深いものばかりが破壊されていて、こんな酷い仕打ちはあんまりだと胃が痛くなる。
泣けたりなんかしない、胸が痛くなると次に胃が痛くなって……
「俺、ダメなやつなんだなぁ……」
ふっと、おかしくもないのに俺は口角が上がった。