愛と椚side
「あ、お帰りなさ〜い」
「……ただいま……すっかりうちの子だね」
「洗濯物終わってるんですけど、大丈夫でした?」
「……うん、別に気に掛けなくていいよ」
もう俺は目が線になってしまう。
良い子なのは分かる。分かるんだが、あんまり椚家に入り込みすぎないでくれ。
徐々に呼び起こされる幼少期の記憶。
あんまりにも母さんが愛ちゃんに入れ込んでたもんだからさ。『よその子を可愛がるな!!』って姉ちゃん泣きながら抗議してたもんよ。
まぁ、しょうがないのよ。年下とは言え女の子同士で比べちゃってたからね。
多分な、多分だけど母さんはその時代に愛ちゃんを俺の彼女みたいに取り扱ってたわけで。
恋人ごっこをしてるように見えて微笑ましかったんだろーな。
「ご飯食べました?」
「うん、食べたよ、気にしないで……」
そうそう、こういうのが予想出来たから飯は外で食って帰る事にしてるわけ。
削られていくのは俺の睡眠時間だけなのよ。
寝る時間はさして変わらなくても、実家から会社に行くのと自宅から行くのとでは勝手が違うからな。
早くこの子を独り立ちさせなくては……。
「履歴書書けた?」
「三枚書きました!!!!」
「お、分かってるじゃん、偉いぞ」
子供の頃、よくキャッチボールをした。
愛ちゃんはボールを獲れた時のようにエヘヘと幼く微笑んだ。
俺は愛ちゃんに感じていた違和感をこの時、何となく理解出来た気がする。
大人びてるっていうか、スレてるからなんだろ。
大人と子供が共存していてそのギャップが大きい。
そんな彼女だから人が惹きつけられてしまうんだと。
友隆もそういうところがあるからな、よく似たヤツら。よく似合った恋人だったんだと思う。
「似たもの同士、一緒に成長出来れば良かったのにな……」
「え?……あたしと椚先輩は似てませんよ……たぶん」
「……ん、そうだね」
危うく口走りそうになったが、こんな事言ったってしょうがないんだよ。お前らの見切りの早さはさ、きっとどこかで役に立ってるんだ。
自分を傷つけない為に、弱すぎる心を守ってるんだろ。
まだ、俺らは若いんだよ。歳取ったらさ、その弱さに理解がなくなるんだろうな。
俺も分かる、まだ分かる。そん時に手を差し伸べてくれる仲間がいるってのが全てだよ。
「頑張ろうな、今だけだから」
「ハイ!!頑張りま〜す!!」
あーあ、俺ってばお兄ちゃんぶりたくなってんのかな。
可愛いわ、このガキ。
「そんじゃ、働きたい所の給料と、物件擦り合わせて決めちゃおうぜ」
「仕事内容も相談にのってくださいよ!!」
「ん、お前出来る子だからさ、バイトだったらどこでも大丈夫だよ」
「あーーそれ適当じゃん、もしかしたらそのバイト先に一生勤めるかもしんないのに」
「そんな事思ってねぇだろ」
「そんなん分かりません!勤めたらどうするんですか!」
「知らねぇよ、そりゃ愛ちゃんの選択だろ」
「あ、なんか言い返せないじゃん、やなオトコ!」
「……お前ホント調子に乗んなよ」
「こら!誠!あんた愛ちゃんに優しくしな!」
どこからともなく突如、母さんの声が聞こえた。
「……何だよ、母さん寝てんじゃないの?」
「あんたの部屋香水臭くてね、気分が悪くなって眠れやしないよ」
「……自分の部屋で寝んかいババァ!!詰め替えてたの!それを落としたのは誰よ!」
「ちゃんと口を締めてないからでしょ?!人のせいにしてこの子は!!」
このバァさん、あっちこっちで寝るんだよ。姉ちゃんの部屋、俺の部屋、居間も客間も廊下も関係ない。
老人ホームに入った時に順応出来るようにって言うんだが、どんなロジックよ。
「もー懐かしかったから、ちょっと入れて帰ろうと思ってたのに……」
「あー、そうそうこれ、椚先輩の匂いだったんだ!!」
「んー?」
「いや、どこかで嗅いだことあるなって、ずっとモヤモヤしてた匂い!!」
「一度嗅いだ匂いを忘れないってホントなのねぇ……ふふ……愛ちゃん、誠に嫌なこと言われたらおっしゃって、『いわせてやる』から」
「なんだよ、『いわせてやる』って……」
「いわすぞコラ!ってことよ!」
「…………」
「……」
……俺も愛ちゃんも大爆笑だ。
「なにがおかしいのよぉ、母さん変な事言ったかい?」
「わかった!わかったから、母さんはもう寝て?ごめんね、俺ら静かにやるからさ……パート辛いじゃん」
「あい、わかったよ。母さん寝るよ、上のお姉ちゃんの部屋でね」
「あ、姉ちゃんいつ帰ってくるって?」
「返信ないからね、まだまだ帰らんのじゃない?」
「ん、わかった……おやすみ」
「おばさん、ごめんね、おやすみなさい!!」
「愛ちゃん、おやすみ、あんまり遅くまでやんないのよ」
「何だよババァ……随分ちげーな」
「誰がババァだ、母さん悲しいわ」
「はい、ママ、おやすみ」
「そうそう昔はママって呼んでたわよね?愛ちゃん」
「呼んでねーよ!!刷り込むんじゃねぇ!!」
愛ちゃんはケラケラ笑ってる、記憶を改竄されたら困るぞ。いや、呼び名とか別にママが悪いわけじゃないが……。
「じゃぁ、おやすみね……愛ちゃん朝早くに起きる事ないわよ、ゆっくりしてね」
「ありがとう、おばさん」
母さんはにんまりと満足げに2階へ上がっていった。
「……ったく」
「あたし、おばさんの事ママって呼んでたよ、お母さんとママがいてさ」
「おう、昔話は後でな、やる事盛りだくさんだから」
「ハイ……」
俺はこの話は正直したくない。
入り込む前に俺は愛ちゃんを静止した。
即断は大事だ、酒を入れて帰らなくて本当によかった。
「物件はさ、そういう訳ありの人向けの不動産屋さんあるから大丈夫」
「へー!!そんなんあるんですか?」
「うん、同級生いるから聞いたら余裕だってよ。取り敢えず仕事ついてれば、歴関係なくいけると思うって」
「ま、あたし住む場所は拘らないんで、仕事先の候補から聞いてくださいね!」
「わかったよ、ほんじゃプレゼンよろ」
「えーー、プレゼン?!お酒飲んでいいですか?」
「アル中やめろや」
「冗談ですっ!!」
「頑張って早めに終わったらな……」
愛ちゃんの目は期待に満ち溢れていたように見えた。ま、俺も酒飲まないとやってられんからな。
「あ、一応聞いとくけど物件でここだけはってあった??」
「んーー特には……ユニットバスでも構いませんし」
「おーじゃぁ余裕じゃね」
「あ!強いて言うなら?」
「なんだよ」
「ペット可で!!」
「ん、了解」




