椚誠の苦悩16
誰かがそばに居ると、泣き続けたい。
それって本当に悲しいからじゃないよね。
その人に私の気持ちを分かってもらいたいから。
もっと分かってよ?ちゃんと分かってる?
そうやって、気の済むまで確認し続けてるだけなんだ……あたしは。
ひとりで泣いてたって意味ないもん。
そうだよ、やめて、涙、出てこないでよ。
またティッシュが山盛りになっちゃう、泣いたって思われちゃうじゃん。
「……」
「鼻炎なもんで……」
「……」
バカだよねぇ、そんな言い訳ひとりでしてみて。
また酷い顔してるんだろうな、あたし。
顔を洗おうと、おもむろに台所の蛇口のレバーを引く。
水圧が思いのほか強く何枚か洗いかけのお皿から跳ね返って、顔に冷たい水が飛び散ってきた。
「あーー……」
いや、どうでもいい。
そう思えばどうせ洗う顔だからと気にせずバシャバシャ顔をすすげる。首元までしたたる水が冷たくて気持ちいい。
そして私は濡れた顔を拭きもせず、成り行きでそのまま残った洗い物の片付けを始めた。
♪〜
あたし鼻歌出てるじゃん。
洗い物って好きだよ。なんか、幸せな家族の雰囲気があって。
友隆と同棲してから癖になっちゃったんだ。
ほんの少しの洗い物だけど……このフライ返しとか、あたしの為に使ったんだよね、きっと。
お皿もどれにしようかって悩んだんじゃない?
乗せてみたら違ってたんでしょ。
わかるわかる。
水切りに置いてあるのと随分違うし、お箸や調理道具とかは洗ってあるもんね。
全部が載るように、きっとおばさんが考えたんだ。
小さい時は、どのお皿がいい?うーんと、好き?って聞いてくれたのかな。
なんか、ちゃんとここでの思い出が残ってる。
今まで思い出す事なんてなかったのに。
あ、涙が引いてるや。
私は洗い終わったお皿を水切りにかけて、テーブルに向き直った。
「せっかく温めたのにね……」
でも、美味しさは変わらないよ。
おばさんのご飯食べて、履歴書を書かなきゃ、大丈夫、あたしは大丈夫だって。
突然……椚先輩の伝家の宝刀『大丈夫』が私を元気付けた。
今見えるものが、私を後ろ向きにさせない。
こんなこと、する事忘れてたね。
あたしは丁寧に手を合わせてお辞儀した。
「いただきます」
**********
朝からトモに喧嘩売ってみたけどどーするかな。
こいつに事情を話したってどうしようもない事だし。
ただ、ご本人達の意思の確認はしたい。愛ちゃんの望むようにする事は別に構いはしない。
ただ……ただしはあるんだよ。
あの調子だとホント突然だったんだろうと想像に難くない。
お互い引くに引けないとか、くだらない意地で別れるほどガキの恋愛でもないだろうに……。
んーーーーまぁ、愛ちゃんはそういう所があるかもしれないが、友隆は良い意味でも悪い意味でも物分かりが良すぎるんだ。
もうしょうがねぇって、思い始めるのも早いだろう。そうなったら手遅れ。
見知ったお前らが別れんのは俺ツライよ……というのは上辺の話だがな。
各々の幸せになったら、そら良い事だけど。
友隆、お前には女とくっついててもらわにゃいけない事情がこっちにはあるんだよ。
そう思うと俺はふと、視線を向けてしまう。
挫けない、ひとりぼっちで戦う、頑張り屋さんで、友隆を想ってる……ちっちゃいのに強い、可愛い女の子。
こっちの話が気になって仕事になってないじゃん?
睨みつけているような、彼女の視線と俺の視線が交わると俺はつい言葉が滑ってしまった。
「じゃぁ、緑ちゃんは時間ある?」
あ、やべ……これ冗談にならないかも。
「ありますよ、富海君が行くなら」
「っちょ、緑町さん……」
あっちゃーー……俺、なんだかんださっさと帰らないといけない気はしてんのよ。
三者面談は予定外じゃん。
友隆も狼狽えてら。
なのに俺ってば……ついぞ調子が乗っちゃうよ。
「友隆!これは凄いぞ!行くよな!」
「緑町さん、何で?関係ないじゃない、今のは椚先輩が冗談で言ったって分かるでしょ?」
もっと強く!もっと強く言え!友隆!
あわよくば嫌われちまえ〜
……やべぇ、寝不足のせいかあんま理性が働いてない。俺、今かなり中学生的男子になってる。
多分緑ちゃんは引き下がらないだろうな。
ま、どっちでもいいさ。
愛ちゃんのお守りする必要も実はないだろ。姉ちゃんも、暫く帰ってこなそうだし。
せっせと飯の準備してしてた母さんの様子を見た限り厄介者とも思ってる様子もない。
多分もう一人の娘ぐらいの感覚なんだろ、相互で上手くやれそうだからこっちは置いといても平気だろう。
結局のところ準備をして、どうなっても対応できる状態にしとけば何の問題もないからな。
愛ちゃんがいようが、俺は俺で阻まれたりしないんだよ。




