椚誠の苦悩11
「ぶっちゃけさ、一行目が一番びっくりした」
「えー友隆と別れたって事ですか?」
「そうよぉ、仲良くやってるとしか思わなかったし〜」
「椚先輩ですか?友隆にお姉さん言葉教えたの」
「……違うわよ、アイツに教わったのぉー」
「へー……」
愛ちゃんは乾いた笑いをこぼしつつ屈託なかった。
「多分なんだけどさ、うちの会社に癖のある喋り方するお嬢さんがいて……その真似だろ」
「え、まさか浮気?!」
「俺のお母さんぐらいの歳だな」
「なーんだ、てゆーか今更そんなん気にしませんけど」
「あらぁーそうなの?」
「……なんかムカつくんで、やめてください」
「なんだよ、愛ちゃんが浮気ワード出したんだろ」
「えー……そうですな」
「なんだよ、ですなって」
結構楽しい、流石、元はつくが友隆の彼女だ。無理せずキャッチボールが出来る。
チラとテーブルを見ると随分ジョッキが溜まってきた。この調子だと居酒屋の方が安く付くくらいだ。
一杯飲み終えるのがとにかく早い。
そして何も言わずに、お冷なんて飲むもんだから酔ったのか気にかけるとそうじゃない訳で。
俺もアルハラには気をつけてるんだわな。
お腹空いてないか聞くと、ペンネ一皿。鳥が啄むように食べるんだ。
いちいち面倒くさいから、今日は好きに飲み食いしろと言ったら飲むわ飲むわ。
それでも申し訳なさげに指を一本立ててペコペコするんだから……本物だな。
「……アルコールも控えた方が良さそうだ」
「なんか、ちょっとづつしか酔えなくて」
「おーそういう家系なんだろ」
あっ……これは失言。
愛ちゃんの目が一瞬座ったように見えた。
「子供の頃は、先輩の家にまで随分迷惑かけましたよね……親同士が仲良い訳でもなく、たまに上げて貰ってて」
「え?!俺そんなん知らないけど?」
愛ちゃんは首を横に振った。
「それは、先輩が覚えてないだけです。一緒にご飯食べたりしましたから」
「えーーそんなことあったっけ?」
「ウチのお父さんが、叩いたんですよ……それから疎遠っていうか。当然ですけど」
「マジで全然覚えてねぇわ、学校の先生に定規で叩かれたのは覚えてるけど」
「先輩はわかんない……私の為に覚えてないふりしてくれてません?」
「いや、マジだって」
半分ホントで、半分ウソ。
愛ちゃん家のお父さんに叩かれたってかぶん殴られたのは覚えてる。一緒に遊んだ帰りに愛ちゃんが躓いて膝から血を出したんだ。
それでうちで絆創膏貼って帰ったその日の夜だな。
愛ちゃんとこの親父さんが、とんでもねぇ剣幕でやって来て俺の胸ぐらつかんで殴り飛ばしてきたのよ。
何言ってたかは分からんけど。
そうだな、それからかもな。
歳下の可愛い女の子の友達がいなくなったのは。
母さん覚えてんのかな……いや、その時も大人だったんだからそれは覚えてるよな。
まぁ、ちょっと聞いてみたい気がしただけだけど。
「あの、椚先輩」
「はい、なんですか愛ちゃん」
「えーと、今日……泊めてくれませんか?」
ーーは?
何言ってんだこのガキ。
上目遣いで、えへへって謎の笑みを浮かべてやがる。そら、俺の事舐めすぎだろ。
世の理を教えてやらんといけないな。
俺が推し黙ってると、酒の力もあってか愛ちゃんは話し続ける。
「もう、友達の弾切れっていうか……そんなに泊めてくれるほどの仲の子も沢山いなくて」
「……」
「あ!でも、家賃折半でって形なら多分1ヶ月くらいはシェアしてくれる子は居ると思います!」
「……」
「ただ、今日はちょっと……どうしても当てがなくて、そろそろちゃんとお風呂に入りたいなーーなんて……」
「……今、不潔な女の子なの?」
「これでキレイに見えますか?!でもその言い方はやめて下さい!!」
俺は、ふっと笑いが漏れた。
女子に不潔かどうか問うたら、そりゃ怒られるわな。
そういう事は言っちゃいけない……ミドリちゃんにダイエット中とか言っちゃって、めっちゃキレられたもんな。
不意に思い浮かぶ、ミドリちゃんの事。
あーー俺、こんな所でなにしてるんだろ、子供のお世話か。
いや、歳の差は二年ぽっちなんだけど……でも同級生ですらガキくせーと思うばかりなんだからさ。
何より、愛ちゃんは友隆の彼女、元な……そんなお方の相手は骨が折れますわ。
「んーーまぁ、いいよ俺ん家くれば」
「ホントウでふか?!!」
「そろそろ、酔ってきたんじゃね?」
「ちょっと噛んだだけですから!!」
「うん、分かった。じゃぁ作戦会議も必要だからな、そろそろ行くか」
「あの、ちょっとお手洗いに……」
「会計しとくから、下で待ってるよ」
「いやっ!!あの、自分の今の顔が気になって……ちょっとお待たせするかもっていうか……ちょっとここで待ってて下さい……」
「ん、了解」
そそくさと席を立つ愛ちゃんの足取りはしっかりしていた。トイレへ迷わず一直線、あんま酔ってなさそうだ。
その様子を確認した俺は、スマホを開く。
友隆は、変わらず音沙汰なし。
さて、
一件メールを打って……と。
それだけし終えて、俺は愛ちゃんの食べ残しのペンネをポイポイと口に投げ込んだ。
んー冷たくて、あんま美味しくないわ。
ギリ、食べ物って感じ。
ボタンを押してプリンを二つと、頼んでなかった愛ちゃんのドリンクバーを追加した。
「お連れ様のですよね、一杯ぐらいでしたらそのまま使って頂いて構いませんよ」
「え、ありがとうございます」
俺は顔を上げて、お店の人を見るとどこか見覚えのあるような……ないような……。
「お下げしますね」
「はい、ありがとうございます…あ、ナプキンすみません……」
にっこりと微笑み、それ以上言葉は返してこない。そして埋もれたハンカチを心ばかりか畳み直して、俺に手渡してくれた。
俺はちょっと気まずく頭を下げる。
そして愛ちゃんが散らかしたビールのジョッキは瞬く間に片付けられていき、すっかり元の様相を取り戻す。
俺はなんだか重ねるものがあって安堵した。




