椚誠の苦悩10
注文したビールはすぐに運ばれて来た。
俺の前に置こうとしたお店の人に手を向けて愛ちゃんの方へ置いて貰う。
愛ちゃんはビールに手をかけたきり、どうしていいか分からなくなっている。
あれだ、お酒を飲む前の挨拶なしに飲めないやつだ。でもそういう状況でもないからな。
「……飲みな?」
「……すいません」
彼女はくぴっと少し傾けて上目遣いでこちらを見た。
んーーーー可愛い。
これは、あざとくないじゃん、飲みたいけど飲むのも悪いから、こっちの様子も気になるからの、上目遣いだ。
ちょっと出ちゃったクピ音も可愛いじゃん?
あー
……俺ってホント心にゆとりがあるなぁ。
「結構強かったよな?」
「いや、人並みです……」
経験則的に酒の強弱を『人並み』って言うやつは強いんだよ、世の諸君。
「……記事の件、ありがとうございました」
「あ!それね、こちらがありがとうだよ!」
「別に、あの、謝礼とかいいんで……」
「だから、お金貸してくれって?」
「それは!…………ぁの……ハイ」
「友達にも迷惑かけて、ネカフェで寝食」
「はい……」
「どうする事も出来ないのでお金貸してくださいと」
「…………ハイ」
「準備不足!!」
「………………それは……ごもっとも、デス……」
なーにが『ごもっとも』じゃ。
感情に任せて出て来ちゃったの見え見えじゃん。
「友隆ん家には戻れないのか?」
「……別れましたから」
「やり直せばとか、そんな事言わないけどさ。別れたって愛ちゃんの次の家が決まるまで置いてくれただろ」
「それは……私の気持ちが許さなくて」
「自分の我慢が足りずに他人に迷惑かけるのは平気か?」
「…………」
口元を横にぐぐーっと伸ばして、涙を必死で堪えてる。
俺は泣かれたからって、この状況のこの子に優しくしたりしない。しなくていいと思っているから。
「……ごめ、ごめんな……さ、」
「……」
前屈みにビールグラスを両手で抱えたまま動かせなくなっているので、俺は立ち上がりその手からグラスを取り上げた。
代わりにハンカチを握らせて、ドリンクバーへ向かいペーパーナプキンと、おしぼりを何本か取る。
それを適当に愛ちゃんの前へ置いて、席に着いた。
泣き止みそう、と思えばまた嗚咽が始まりなかなか収まらない。
まぁ、そうねぇ、友達でもなく俺に言ったのは正解かなぁ。
ぶっちゃけ、裏切っても良さそうだった?
いいぞ、お前可愛いからな、そういう打算的なムーブも許してやろう。
俺としての可愛いっていうのは後輩としてって意味合いだ。
一般的にも可愛い部類だが、こう、綺麗な感じ、オシャレな感じ、そういうのが身に付いてる子ってワガママっていうか……周りが甘やかすからなのか知らんけど……。
そういう権利があるぐらいに思ってても不思議じゃない。
ま、俺はこーゆー『ダルイ』のは範疇外だけど。
『面倒』は良。
『ウザイ』も可。
『ダルイ』は不可。
んーーどうかな、俺の女性遍歴を鑑みると、『面倒でダルイ』のミクスチャーが多い気もする。
こんなことを考えながら俺は愛ちゃんが泣き止むのをただ待っていた。
ついぞ、泣く事を静止したはずだったのに、泣かすつもりで俺は伝えたから。これを止めるのは違うだろ。
いや、これは誤解じゃないので……別にいいんです。
愛ちゃんはとうとう泣けない時が来たようだ。
呼吸も落ち着き、俺のハンカチはペーパーナプキンの中に埋もれている。
借り物と使い捨ての区別がつかないほどに、山積みだ。
「片付け苦手?」
「ぇ……」
俺が唐突な話題を振ると、愛ちゃんは割と吹っ切れた感じで爽やかそうな顔を向けて来た。
「椚先輩、なんでも分かっちゃうんですね」
「ん?」
「友隆と別れた理由!」
「え?あいつ、そんな事で別れようって?」
愛ちゃんは全力疾走の後のような笑顔で笑った。
「いや、私……えーと」
「別に別れた理由聞こうと思った訳じゃないからさ」
「はい、そうですね!」
「聞くのはやぶさかではないけれど?」
「……いえ、私が悪いって分かってるんです」
「ん、そう。じゃぁ聞かないけどさ」
「あの、お金の件なんですけど、やっぱり……」
「やっぱり、数万円でなく数十万円は必要だと思うんだけど」
俺は愛ちゃんの『やっぱり』に続く言葉を静止して、自分の意見を伝えた。
愛ちゃんは俺の言わんとしてることを分かってない。
「あのね、今お金が必要だって言って結局寝泊まりする所の為の一過的な話でしょ?それって何日間の話なのよ?」
「……」
「その先は?日雇いバイトで金貯めるか?どんだけかかると思う?出て来ておいてさ、住所は友隆ん家にするのか?実家の住所は書かないんだろ」
愛ちゃんは分かりやすくハッとした顔をしていた。
どこで働くにも住所は必要だ。別れたからと家を出る選択した訳だがどうするつもりだったのだろうか。
おそらく考え及んでいなかったのだろう。
「愛ちゃんさ、友隆と同棲する前は保証人は業者かい?」
「……はい」
「じゃぁ、就職しないといけないよな?」
「はい」
「でも、住所に困るんだろ?」
俺は敢えて愛ちゃんが分かっている程で話を進める。
「……はい……確かに……そうです」
「住所は俺ん家使え、それで就職を決める事」
「はい……どこか、えっと……」
「アルバイトでもいい、とにかく働く所を決めんだよ」
愛ちゃんはこくりとうなづいた。
「よし!そうと決まれば履歴書、書くぞ。物件も4万円台1Kとかな、それでいいか?」
またこくりとする。
「話聞く前に大丈夫だって言ったろ?」
「取り敢えず三十万くらいか?泊める先は提供出来ないからな。ネカフェもどうかと思うから、友達にも一月分折半とかで金払って住まわせて貰えよ」
「……」
「……その連絡も俺の前でしろ、いいな、その間に確実に仕事をみつけろ」
ここまで言い切ると愛ちゃんは、頭を下げたまま顔を起こさない。
手で顔を拭っている。
「……」
「……」
「ぁの……」
「ビール飲むか?」
「……ハイ」
うん、素直で可愛いぞ。そんな時もあるだろ。
な。




