椚誠の苦悩8
今日はマジで大変だった……
大変だった……大変、大変だったんだよ。
それ以上の事はない。
俺は電車に揺られうとうとしていた。
それでも確かに聞き漏らさない自宅の最寄り駅のアナウンス。
俺はパッと立ち上がり電車を降りて、 ググッと背伸びした。
ふっと頭のもやが消えて、目が冴えてくる。
疲労困憊、確かにそれを受け止めつつも元気が湧いてくる。
確かな効果のおまじない。
素晴らしきメンタルコントロールだ。
椚先輩との関係も悩むほどの事でなくなってきている。本人と顔を合わせて話が出来たのも良かった。
俺は今笑っている、微笑んでいるに違いない。
そんな全てをやり切ったような気持ちの帰路だ。
疲労困憊、清々しい。
この感覚が共存する時こそ、完全燃焼ってやつなんだろう。
俺は先日の経験からガードレールの切れ目に多少のトラウマを抱えつつも、足早に帰路に着く事が出来た。
植栽が綺麗でも汚くもなく、ゴミの一つ二つ落ちているようなマンションの先。
見上げる先には猫がいて。
あいつと対峙する時の事を、ドアを開ける前に想像してしまっているんだ。
「シャノ、悪さしてねぇかな……」
もう、この感情にも大分折り合いがついている。
猫なんて飼えねぇ、知らねぇ、興味ねぇ。
こんな言い訳をしていた自分自身の、その時の気持ちがもう解からなくなっている。
それでも、ほんの少し、持ち続けている気持ちが邪魔だ。
シャノは俺の猫じゃない。
別れの時が来る。
そういう事。
宙ぶらりんが気持ち悪くたって、俺にどうこう出来ることじゃないんだよな……
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あー疲れた、今日は疲れた。
酒を入れる前にもう眠い。
飯は……コンビニに寄るのもだいぶ怠い。
そう思い俺は行きつけのファミレスへおひとり様で来店だ。
この界隈は、なんでもござれ。開拓に開拓を続けて気分によっても困る先が全くない。
といっても決まりきって寄る先はいつもこのファミレス。
そう、ミドリちゃんとも来たこのファミレス。
学生時代から通っている馴染みの店というには、ただのチェーン店なんだけどな。
変なしがらみが生まれずに最も来やすい場所だった。
ま、居る時はいるけどな、しがらみって奴が。
「…………」
ーーーー女泣かせだって噂されてるかも。ミドリちゃんも泣かせちゃったからな。
俺は相変わらず見る気のないメニューをパラパラとめくり、すぐにボタンを押す。
「唐揚げと、ハンバーグ、えーとヒレカツで、ライスは大盛り」
「かしこまりました、トリプルディナーですね」
俺は注文を取りに来たスタッフへ視線を合わせずぺこりと頭を下げた。
「ドリンクバーが付いてますのでご利用下さい」
またぺこりと頭を下げる。
こんな調子でドリンクバーへと向かい色んなボタンを押したいお年頃。
こういうの、卒業できなかった奴ってどのくらいいるんだろうな。
子供の頃に知った、悪ふざけの延長。
それなのに味覚がそのようになってしまって……なんか混ざってないと美味しくないんだよな。
こっそりと、誰に主張するでもなく俺と同じ事をしていた奴がいた。
『なんか、そのドリンクバー色濁ってね?大丈夫か?』
ごくごく飲みながら、視線だけをこちらに向けて飲み終えてからそいつは返答した。
『こういうものなんで』
このやりとりは鮮明に覚えている。
合コンの帰りだったか、男だけで集まって反省会というか懇親会というかそんなような空間であいつは生意気な奴だったな。
『こいつ、彼女いるくせに来たんですよ』
『あ?誤解生むような事言ってんじゃねぇ』
こわーい、友隆恐かったよ。本当に良く覚えているあいつとの思い出。
『あ?』って言い慣れてる感あったよな。
あったあった〜チョー恐かったもん。
『おヤン』な奴だと思ったもんな。
実はの話を聞いてみりゃ、なんでも彼女が誘われた合コンを断ったら、友達が無理やり連れて行かれる事になったんだと。
だからその子を守って欲しいって彼女に言われて来てた奴。
どゆこと?ってなったけど……なかなかいい奴だって事は分かったんだよ。
行きたくない合コンに行ったって、疑われるもんは疑われるからな。
それに巻き込まれた友達のために彼氏行かせちゃうのもすげーけど……絶対大丈夫って信頼されてたコイツもスゲェって思ったわけよ。
まぁ、愛ちゃんの彼氏だったのは驚いたけどな。
その時は愛ちゃんが同じ大学に入ってた事も知らなかったし。
それがこんな事になるなんてな……
ちょっと家庭環境が、複雑っぽい子で。
小さな時から見知ったご近所さん。
学年が違わなければ誰しもが認める幼馴染ってやつだったんだろう。
何か愛ちゃんに話したほうがいいだろうか。別れたって関係の連中になにを取り持ってもらうつもりなんだか。
でも愛ちゃんも、誤解され続けているのは可哀想だろ。
ま、俺のせいだが。
「……」
「なるようにしか、ならねぇな」
「はいっ?!何でしょうか?!」
「あ、いえ何でもありません」
「お待たせしました、トリプルディナーです!」
ポツリと呟いてしまっていた。それをお店の人に聞かれてしまったよ。恥ずかしいね。
俺は相変わらず視線を合わさずにぺこりと頭を下げた。
立ち込める湯気と香り。
俺はナイフとフォークを手にしたまま、ただ見つめるだけで食べる事に意識が向かず、あの日の出来事に想いを巡らせた。




