椚誠の苦悩7
俺は同僚が仕上げた資料のページのテレコや不備がないか最終チェックをする。
不備があったら○○の責任になる。
だが仕事を受け取った俺の責任なんだ。
先に印刷されていた資料との相違は見受けられず俺は安堵した。
「もー資料作りぐらいできまっせ〜」
勝手に語尾に『w』が付いていると脳内変換されていく。
「信じるとか信じないとかじゃなくて、確認は必要だからな」
「○○貸しだぞ〜」
「ハイ!!」
「いや、○○の債権者は俺だからな、お前は俺に取り立てろ」
「そんな事出来ませーん」
軽口を叩き合ってると唐突に課のドアが開いた。
皆視線を向ける。
「何だ、また問題か?」
「課長、お帰りなさい」
「お帰りなさいませー!!」
「緑町さん、コーヒー……」
そこまで言いかけて、ミドリちゃんがいない事を思い出した○○。
彼女はお茶汲み要員じゃねぇ、こういう所は後で締めたほうがいいな。
「課長、ありがとうございます。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「おーいいよ、俺も先方と昔馴染みだったからな。週末にいらんゴルフが入ったけど」
「奥さんに何か買ってきますよ」
「嫁ぇ?あいつは家で猫と戯れてりゃ良いみたいだからなほっとけ」
とか言いつつ小言があるんだもんなーこの人は。
あげても違う小言が返ってくるけど。
「課長、承認何件か送ってるんで、確認お願いいたします」
友隆、もうちょっと話聞いてやってくれよ……。
いや、間違ってないんだけどさ、そういうところなのよお前は。
「おー富海、後で確認しておくわ」
俺が視線で友隆を牽制する。今してくれと言わんばかりの調子だからな。
「はい、お忙しい中、申し訳ありません」
そう言って友隆は視線をPCに戻して、こちらに言葉を投げかける事はなかった。
「課長、口頭で何件かご報告がありますので……」
「椚、お前タバコ辞めてるんだっけ?」
「またまたご冗談を〜」
課長と俺は示し合わせたかのように、課を出て喫煙室へと向かった。
ドア一枚閉めてしまえば、なんでも言える。
そういうもんなんだ。
「今日のは緑町のポカか?」
「いえ、○○の振りミスなんで……」
「振りミスって言ったって、直前だろ?緑町が病欠で引き継がなかったんじゃないのか?」
「……振りミスって言うのは、大元の話じゃないんです」
課長はポリポリと頭を掻いた。
「どうも当日になってから、そういう仕事の振り方をしていたようなんです」
「今まで、それで問題が上がってこなかったのか?」
「緑町がうまくやってたんですよ」
「合点がいかないな、緑町はそんな仕事出来る方じゃないだろ?」
「……緑町は愚痴も弱音も吐かないで、随分苦労してるんですよ」
おっと藪蛇だ、おそらくミドリちゃんは自分の仕事を自宅でやって職場ではその無茶振りに注力してたんだろう。
書類の更新履歴を辿ったら一目瞭然だからな。
多少改善された気はしていたが、暗にお茶汲み要員にしようという意識が先の件でも伝わってきた。
やはり男所帯で彼女がどういう扱いを受けているのか考えないといけない。
俺も冷やかしたりする部分はあるからな……そのコミニュケーションも間違ってるだろう。
友隆がいる時限定で、突っ込み待ちなんだけど。
なんつーかね、ミドリちゃん男子に人気の女子タイプじゃないのよ。
結構野暮ったくて、仕事も普通。
そんで、真面目で正義感が強いから周囲からするとうっとおしい。
俺は誰に評価されるわけでなくとも、一生懸命丁寧に仕事をしてる彼女が好きだ。
媚びない彼女の強さを感じる。
たまにしてくるオシャレしてますっていう格好も分かりやすくて、何か可愛い。
俺がからかうと、小動物が睨んでくるような可愛さがあって……
やべ、俺自分の世界に入ってて課長の話ぜんぜん聞いてねーや。
まぁ、先方とのやりとりの自慢話だからな。
ミドリちゃんの事を考えると、好きな所100個言えちゃうんじゃない?ってぐらい思い出される事がある。
「椚、ブラックか?」
自販機の前の課長のこの言葉で俺は現実に引き戻された。
「あ、自分で買いますよ」
「お前随分若いんだってな、若そうに見えてるオジサンかと思ってたんだよ」
「それは、どういう……」
別に俺は年齢詐称して仕事をしている訳じゃない。普通に就活をして普通に入社している。
「とにかく、若い奴には奢ってやるんだよ」
「そうですか……ありがたく頂戴します」
「……」
「……」
何だこの空気は……緑町ワールドに入ってて何か重要な事を聞き漏らしたか?
いや、話はちゃんと半分聞いていたぞ。
大した話はしていなかったはず。
「お前、社長の甥っ子なんだって?」
「はぁ、そうですけど」
「何でそういう事言わないんだよ?」
研修先でそんな話を誰かに聞いたって事か?いや、だからなんだってんだ。
「甥っ子ですけど、ご子息もいらっしゃいますし……普通に就活してたまたま入社しただけですよ」
「そんなわけあるか!」
何が言いたいんだこの人は。俺が偉い人の甥っ子だって事を知ったからなんだってんだ。
「叔父さんが会社経営しているのは知っていましけれど、この会社だという前情報があって入社した訳じゃないですよ」
俺は言い方を変えて再び事実を伝える。
「だから、なんでそう隠すんだ?」
「いや、隠してないです。課の人たち殆ど知ってると思いますけど……」
「え?そうなの?」
「はい、配属時、自己紹介の時にそう伝えたかと……」
「そうなの?」
別に意味ありげでなく、偶々ご縁あってって話をしたんだったかな?
あ、苗字が同じギャグだと思ったって事か?
まぁ、課長は後から来た人だ。
その話が伝わってなくてもおかしくないし、前課長も特に俺が社長の甥っ子だっていう引き継ぎは無用と考えたんだろう。
叔父さんが俺の事を全く気にかけないという事もないが、忖度するタイプの人じゃない。
例え俺が転職しようと、それも当然のように自由だしな。
「課長が言わんとしている事が分かりませんけれど、特になにかある訳ではないですよ」
「んーーーーーーそうなのかぁ……そうかぁ……」
少しがっかり感というか、そういうニュアンスが伝わってくると勘ぐりたくもなる。俺に何をさせようとしていたんだと。
「まぁ、今度飲みに行ってくれ、お前の都合にあわせるからさ」
「はい、特にご期待には添えないと思いますけど」
なんのこっちゃの話も二十分はしていただろうか。そろそろ戻らないと、友隆がイライラするよな。




