緑町side
要するに、熱冷ましと。
胃薬。
私は処方箋を受け取り、隣の薬局に行ったがやはり混み合っていた。
特に急ぐわけでもなかったが、ここの薬局は諦めてひとまず自宅の駅前で受け取ることにする。
病院での待ち時間が長かったせいで再びの待ち時間に耐えられなかったのかもしれない。
そしてちょうど、病院の前にバスが止まったのでそれに乗車する。
このバスは病院の最寄り駅まで出ている。
ほんの少し、揺られているだけ。
なのに巡る想いたち。
あんなに可愛いと思っていたレインコートも一度着てしまえばクシャクシャのビニールにしか見えない。
付属の巾着にうまくしまい切れず、少しはみ出たレインコートがずっしりと鉛のように重く感じられた。
あーあ、早とちりで連絡しちゃったな……。
でも報告しなきゃだよね……。
バスの窓にはパチパチと雨がぶつかっている。
朝より収まっただろうか、けれどもこの雨に打たれて帰れば、本当に風邪ぐらいはひけるんじゃないかな。
そんなことも考えてしまう程。
なんの解決にもならないのに。
手に握ったスマホ、画面を確認したってなにも起こらない。
友隆君……いや、富海君ね。
私ったら気持ち悪いじゃん。
とにかく憂鬱な気持ちばかり。
到着してしまえばあっという間。
ステップから降りつつ傘を広げ、また傘に当たる雨音を聞いた。
「ーーーー痛!!ぁあー……」
どうやら、物思いから抜け出せずにぼんやりしていた私は、ステップを踏み外して、段差で腰を擦るような形で打ち付けてしまったようだ。
後ろから人が来てしまう。
すぐに立ち上がらなくては……と焦り、今度は前のめりに転びそうだ。
ヤバい……!!そう心臓がドキリとしたが、なんとか片足で身体を支える事が出来た。
後ろを振り返ると、初老の女性が心配そうにこちらを見ている。
「焦らなくて大丈夫よ、ね?」
そう言い、金具を留めるまで開き切れなかった私の傘の代わりに、その女性が頭の上に傘を差し出してくれた。
「スイマセン……」
振り絞るような声を出すとともに、私はまた涙目になっていた。
恥ずかしい、顔が赤くなってる気がする。
すぐに立ち去りたい。
昔から、知らない人に優しくされるとそれが辛くて……受け止められない感じで、なんか、なんか。
私は両足をつけて、女性が差してくれた傘を避けるように、自分の傘を拡げた。
「私ね、膝が痛くて、毎週この病院に来てるのよ。うちに猫がいるんだけど、その猫を抱っこしたくてもね、なかなか出来なくて……」
「え、ああ、そうなんですか!!」
唐突に振られた身の上話に私の涙は瞬く間に引いて、どう答えようかと精一杯になる。
「猫年齢って言うの?私よりおじいちゃん猫なんだけも、抱っこが好きでねぇ、これがなかなか大変なのよ」
「お写真とかないんですか?」
「うん?写真、あるわよ」
そう言いながら、ガラケーの画面を一生懸命操作してくれている。
こんな雨の中…………
「駅の屋根まで行きましょう、すいません……」
「あらあら、ごめんなさいねぇ急いでるかしら?」
「いえ!急いでませんから!!」
「……」
「……雨いやねぇ」
「はい、そうですね」
あー私コミュ症、コミュ症。
「ほらっこれよ」
「わぁ……可愛い」
正直、ブレブレで何が写っているのかよくわからなかった。
「うまく撮れなかったんだけど、こっちが顔よ」
「あぁ!!言われると……確かに!!」
私、何言ってるんだろぉーー
「いやぁね、ついついうちの子の自慢したくなっちゃって、ごめんなさいねぇ」
「そんなそんな!うちも猫飼ってたんで……」
「あら、そうなのね、猫はいいわよね」
「はい、そう思います!」
「……」
「……」
「……」
「……隙あらばね、猫の自慢しちゃうのよ」
うふふ、と女性は笑ってくれた。
「あの、ありがとうございました」
「あら、なんだったかしらね」
「あの、傘……助かりました」
「お気をつけねて、慌てる姿がうちの娘に見えたのよ」
ホホホ、と笑って私に何かを差し出している。
「これね、お友達から頂いたのよ、使ってね」
私が反応できずに停止していると、手を添えてそれを握らせてくれた。
冷たい手……けれども確かに触れている人の存在がはっきりと感じられて。
温度を感じた。
女性の手がそっと、離れて私が手を開くとコンパクトタオルだった。
「引き留めちゃってごめんなさいね」
「いえ、また……!!」
そう言いかけて、病院通いに再会を願うのも変な話だ。
女性は、にっこりと目を細めてお茶目な感じで手を振り離れていく。
どうやら、タクシーに乗るらしい。
呆気に取られつつも私は一生懸命手を振った。
すぐに乗車が出来るようだ、待ってる人はいるが次々とタクシーがやってくる。
女性がタクシーへと乗り込んだ瞬間私は声を張り上げた。
雨音に負けないように。
「ありがとうございました!!」
聞こえただろうか、大きな声で、目の前で、はっきりとお礼ができなくてごめんなさい。
娘さんに似てるって言ってくれたけど、お母さんというより、私にとってはおばあちゃんに近かった。
私、おばあちゃん子だから。
なんだか元気が出てきたぞ。




