椚誠の苦悩3
黙々と仕事、タスク処理、タスク処理。ピアノを一小節間違えずに弾く。間違えずに、間違えずに。
俺にとってはそんな感覚だ。
リズミカルに、どんどん速く、間違えちゃいけない。
そして演奏し終えたから、一仕事が終わり。
プラプラタイムが始まるんだよ。
そんな俺の様子を見越していたのかどうか。
友隆が、スイーと音を立てずに椅子に乗り、スマホの画面を紋所のようにかざしてきた。
『突然のお休みすいません。
自宅のキットで検査したら陽性でした。
椚先輩にお伝え頂いてもよろしいでしょうか?
今、受診出来る病院を探しています。』
俺が読み終えたであろうタイミングに、またスイーと自分の席へと戻っていく友隆。
ーー緑ちゃんガチで体調不良じゃん!!良かった!!良くないけど!!晩飯にトーストなんか食ってるから、いけねぇんだよちゃんと栄養摂れよ〜
が、いい休暇じゃん。昨晩の俺の失敗もなかった事になるぞ〜クールダウン出来るじゃん。
そんな事を考えて浮かれているとスマホが震える。
なんだよ友隆。
メールを開けって……ハイハイ、お仕事ですな。
PCのメールを開くと、緑ちゃんの今週のタスクが表示される。……重い、意外と重いぞ。
俺は共有の掲示板にタスクの配分を上げた。上げた後、友隆の方に目をやるとグーサインが返ってくる。
「友隆ーチェックはどうするよ?」
返事は返ってこないが何やらカタカタやってるな。
掲示板を更新すると『椚→富海』『富海→椚』
お互いにチェックすんのね……真面目なやつ。
それで、緑ちゃんから同僚へのフォローは、本人に返すと。
また目線を送ると今度はゴーサインだ。
「○○、悪いけど緑ちゃんに投げてた案件、全部自分で完結出来そうか?」
「ちょっと残れば……大丈夫かと……」
「おー、緑ちゃんの受け持ちは友隆と俺でやんから、頼んだぞ。たまに進捗上げてくれ、ヤバそうなら誰かに頼むから」
今日、うちの課長は品川の支社で研修だ。
終わらせる事が前提だが、事後報告で済むのはタイミングがいい。
またメールだ。
『椚課長さすがっすねw』
『よし、お前が○○のフォローに回れ』
冗談まじりにメールを送ってきたソイツは俺に変な顔を向けたと思ったら、隣の○○に説明を受け始めた。
こういう時は紅一点の緑ちゃんがいないと、なにやら気兼ねしないよな。
ちょっと予定変更するのにも、あーだこーだ枕詞が入って結論に辿り着くまでがとにかく長い!その後課長へ報告いれるんだから時間掛かるのよー。
まぁ、そういうの……大事な時もあるもんな。
男所帯で緑ちゃんは気遣いに苦労してるんだろう。
もう響くのはカタカタ音のみ。
あ、いけね……一応マスクしとくかいな。
飯も一人、外で食うかな。
**********
あー最悪!
今日だけは……今日だけは休みたくなかったのに……
椚先輩に昨日のこと気にしてると思われちゃう!
富海君に変なこと言われちゃう!!
ヤダヤダ、どーーーーしよ!
て言うか、なんで泣いちゃったのよぉ〜
ーーあー検査しなきゃ良かった。
いや、ちょっと熱があってもヘーキなんだけど!
念の為ね、念の為だったの!余ってたから使っちゃったんだってば。陽性じゃなけりゃ胸張って出勤出来たんだヨォ〜!!
ちょっと熱がある以外は、なんともないし……
めっちゃ、体力あり余ってるんですけどーー!!
仕事が……仕事が溜まっちゃう……
緊急性のあるものはなかったはずだけど……
○○さんのフォローがぁ〜
迷惑かけちゃうよぉ〜もうイヤ〜
てゆーか、椚先輩は大丈夫かな?
結構話し込んじゃった気がするし。
やばいじゃん、私がうつしちゃったら最悪だよぉ……
「富海くん、椚先輩に言ってくれたかな……」
そうだ、返信を確認しなきゃ。
画面を見ると、一件のマークが付いている。
ちょっとドキドキしながら、表示をする。
『了解』
「……」
これだけぇ〜いや、心配して貰うつもりなんてなかったけどさ、超素っ気ない!
やっぱ昨日無理やりついて行こうとしたから?
嫌われちゃったのかも……
また、じわりと涙が浮かんできてしまう。
私、富海君の事になると、ほんとダメ。
感情がちっともコントロール出来てないよ。
「あーーもう!!」
私は近くにあったぬいぐるみを放り投げた。
どこかにぶつかったって、なんともないって分かってるから。
壁に当たってコテンと、横たわる可愛いぬいぐるみ。可哀想なことしちゃったね……
私、馬鹿みたい。
やめよ、考えたってしょうがないもん。
ーーなんか、遅れが取り戻せる方法ないかな。
社用携帯だけじゃ、出来る事が限られてるし……。
編集履歴で、操作した事バレちゃうし。
ひとまず予約が取れた病院の行き方検索して、後は……身支度はもう出来ちゃってるし……
「あーあ、次の出勤どんな顔していけばいいんだろ……」




