椚誠の苦悩2
定時マンは朝もギリギリ。
ギリギリ?ギリギリじゃないんだよ、早く着いたってしょうがねぇ、仕事前にやることなんてないんだからな。
まぁ、周りにギリギリ定時に危ういなんて思われてたって俺は速やかに仕事に取り掛かるわけよ。
誰よりも早くな。
バッファーが悪いわけじゃねぇ、切り替えが重要だ。
俺は速やかに仕事に取り掛かるため、今日は早く来たんだ。
だからいちいち気にすんな、声をかけてくるんじゃねぇ。
「おはようございます!椚先輩どうしたんですか?!早いですね!!」
「おはよう、まぁな……」
「おはようございます……」
「はよ、……」
時計を見るな、時計を。お前はいつも通りだ、安心しろ。遅れてきてねぇよ。
「おはよーうございまーす!!」
変な強弱の挨拶、友隆だ。
ニコニコしながら、席に着く。
どう見てもご機嫌だ……と、思わせるようで実は自分に触れるな近寄るなモード。
俺は構わず友隆の顔をじーっと見つめ続けるが、視線は交わらない。
「椚先輩、昨日は緑町さんと結局飲みに行ったんですか?」
思いがけずに攻撃を仕掛けてくるじゃねぇか。
一瞥もなしに、デスクの引き出しを開けて手元で遊んでやがる。
「……そう伝えなかったっけ?返信はしろよな」
友隆はぐぐっと上にストレッチをして、戻す手をデスクに置いた。
「俺ね、元カノが置き去りにした猫の世話が大変なんです、誠さんに構ってられません」
そう言い、後ろに傾けた顔にははっきりと俺を見据える目があった。
「……猫?」
俺は今朝拾った、猫のキーホルダーの事を思い返した。そういや動物の毛がなんたらかんたら、毎日毎日コロコロと。
あんまり合点がいってなかったんだな。こいつ、もともと神経質だし。そんなよーな話してたっけか?
つーか、愛ちゃんと猫飼ってたんだ。それ置いてっちゃったわけ?
「お前、猫飼ってんのか」
「俺の猫じゃありませんけどね、なりゆきで今は世話してますよ」
「そうか。あのさ……」
「今週末、釣りでも行きません?」
「ーーえっ?!」
「海に落としたりしませんから、安心してください」
そう言ったって恐いぞ、こいつは手段選ばずのサイコパス気味なところがあるからな。
「海じゃなくて、河原にしねぇか?」
「あっご予定は大丈夫なんですねーついでに愛も連れてきたらいいですよ」
パソコンの立ち上がりを待ちつつ、チクリと針で刺してくるコイツ。
「聞いてみるよ」
俺は負けじと刺し返す。
意地の悪い事を言って自分のデスクへ着いた。
あっ猫のキーホルダー……渡しそびれた。つーか、すげぇ渡し辛ぇわ。
なーんか、俺と愛ちゃんの関係疑ってるよな。俺が緑ちゃんの事好きって分かってないんか?それは別の話なんか?コワイわ〜。
ーーまぁ、でもな……今はしょうがねぇよ。
誤解させるような言い回しをしたのも、ちょっとした腹いせ……というか、お前らカップルから被った苦労をだな……
始業前のガヤガヤとした雰囲気も沈静化して、各々仕事に取り掛かり始める頃だ。
それと共に不安も訪れ始める。
「ーーーー緑ちゃん来てなくね?」
「今日は体調不良でお休みするそうです」
どこからともなく、俺に返事をしてくれる同僚がいた。
「椚先輩何やったんですかー?」
スン、とした顔で俺に嫌味をぶつけてくるやつ。
そう、友隆。
「おい、トモ、緑ちゃんのタスク確認して投げろ」
「そんな暇あるんすか?俺がやりますけど」
「……確認出来たら教えてくれよ。俺も緑ちゃんの役に立ちたいよ」
「了解」
俺らはこの緩やかな修羅場の中でも仕事はキッチリやる。そういう生き物なんだよ。
緑ちゃんの事だ、普通の振りして来るって思ってたんだよ。今日の早起きの目的、ちょっと謝ろっかなってさ。
始業前じゃないと『仕事中です!』って飛んでくるじゃん、言葉が。
まさか、あのブラック緑町が体調不良で休むとは……




