そう、長い一日(解決と理解)
俺は猫の水が入っている皿を確認した。
まだ、水は残っている。飲み水がなくて声を枯らしてしまった訳じゃないのか。
そして猫はあまり水を飲まないらしい、どういうことだよ本当か?
でも、水を新しくやらないと。
病院にまた連れてった方がいいか。
今やってるのか?
取り敢えず水を汲むか?
俺がキッチンとリビングの間で右往左往していると、戸棚に猫が潜り込んでいた。
「まてまて、まてって」
戸棚の中からカリッカリッと咀嚼音が聞こえる。
身体は戸棚、顔は袋の中に入っていて、どこを掴んで良いのか分からなくなってしまった俺は腹っぽいようなところを抑えてみたり、尻尾を掴みかけてやめて、ここでも右往左往。
反対の扉を開けて、餌の袋と一緒に猫を押し出す形でどうにか外に出した。
それでも袋の中へ中へと猫は入ろうとしているのか、袋ごと壁に当たるまで進んで行ったのだ。
「こら!!」
呆気に取られていたが、俺が大きな声を出すと猫はピュッと遠くへ離れてこちらを伺っている。
ここでようやく餌の袋を取り上げることに成功した。
ーーこれだけ元気なら病院は大丈夫か?
ただ、喉を痛めているならカリカリした食べ物よりも湿り気のある物の方がいいだろう。
俺は選り分けた買い物の中から、猫の絵柄のパウチの封を切った。
すると床を滑るように駆け寄ってきて、俺の足元でくるりと一回転。
そして産まれたての怪獣の鳴き声……いや、聞いた事はないがそんな声を上げた。
「お前、何だよ……うるせぇな……声出るじゃねぇかよ」
俺はホッとする気持ちと、驚きで顔がにやけているのがわかった。
何がおかしいんだよ、俺は。
「腹が減ってたよな、これの半分とさっきの餌半分でいいか?食い過ぎんなよ」
ギャァ〜アォ…ゥ……キャ〜
「何なんだよ、その鳴き方は……ピーキャー言うな、猫はニャーだろ」
そう言いながら餌皿を台に戻してやると、食ってかかる猫の頭と俺の手が触れた。
柔らかくて、気持ちがいい。
俺は無意識に、猫の頭に触れた。
触れただけだ、撫でたりしてない。
すぐに手を離して様子を見ていてやった。
全力で、一生懸命飯を食っている。
すげぇな猫……めっちゃ生きてるじゃん。
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「富海君、付けてたキーホルダーがなくなってたんです」
唐突に始まった緑ちゃんの話。
俺は正直、意味が分からなかった。友隆の様子がおかしいと感じた理由。それがキーホルダーがなくなっていたからというのか?
「フェルトで出来た猫の……」
「うん?」
「彼女と別れたんだって……」
(は?)
「だから落ち込んでるんじゃないかなって……」
「……」
こう、髪を切ったね、とか髭を剃ったね、とかそういうことを言ってくる生き物がいる。
観察眼があって凄いなって思う。
この生き物は大体性別が違っていて、俺は男だ。
俺はね、性別の違うこの人に何か気付いて欲しい男なんだよ。
分かってたけどさ、何か気付く相手は心傾けている相手だって事。
悲しいなぁ、悲しい。悲しいから意地悪くなるのかな。
「緑ちゃん、ストーカーなの?」
「なんてこというんですか!!」
ほら、凄い顔で俺を見るよね。
「後輩だから、心配なんです」
嘘つき、好きなんでしょ、トモが。
「緑ちゃんコッワーー!!怖いわ」
「……あなたのそういう幼稚な発言は聞くに耐えません」
俺ね、ムッとした訳でも、言い返したいって思った訳でもないんだよ。こんな可愛い子にさ、反論して言いくるめようなんて気持ちないから。
「俺、あいつは今日間違いなく、来ると思ったんだよ」
「……」
「緑ちゃんに迷惑がかかるって、そう思ったら断れないじゃん?」
「……」
「案外薄情なやつだったのー」
「…………」
あーあ、俺ってサイテー。
「……」
緑ちゃん、泣き出しちゃったよ。俺が、俺の意思できっと、泣かせたんだよな。
何で泣くんよ。
友隆が好きで、トモに裏切られたって思っちゃった訳?
俺も悲しいんだよ、俺は緑ちゃんが好きだって認めてるからね。
緑ちゃん、自分がトモの事好きだって気付いてないかもしれないじゃん。
俺の言う事にどうか心揺らがないでくれって、祈ってたんだから……。
分かってた、分かってたけど、確信したくなかったんだよ。
昔付き合ってた女が言ってたっけ。謝るのはやめてって。それと同じで俺が緑ちゃんに謝ったって意味ないんだよ。
心傾けない相手の言葉は意味がない。
だから俺は謝らないよ。




