そう、長い一日(終業)
「気がかわりました、富海君が来なくても時間があります。ただ変な噂流さないでくださいね」
「変な噂?事実しか俺は言わない主義なんだけど〜」
「仕事外で椚先輩と一緒にいるわけじゃありません、仕事として私は今日時間を使います」
「え〜理解理解、言わんとしてる事は了解なんだけどさ、俺らこれってある意味デートじゃん?」
「何故そういう嫌がらせのような事をいうんですか?理解できません」
「わ〜友隆の影響かしら?言うようになったよね緑ちゃん」
「椚先輩は変わりませんよね、でもくだらない事をする人じゃないとは思ってます」
「そう釘を刺さなくてもさ、緑ちゃんを裏切るような事はしない!」
「何がおかしいんですか?」
「おかしい……何がと言われると俺の頭はおかしいよな、さすが気付いちゃった?」
ため息が出る。
「行きますよ」
「はーい、お疲れ!お前あんま遅くなんなよ」
椚先輩は内線を取った同僚に声を掛ける。
「お先に失礼します、今日は騒がしくてすいませんでした」
「緑ちゃんが謝る事じゃないよ、な!」
「緑町さん、椚先輩ほんっっっと、酒癖悪いからね……気をつけてね」
「別に飲みに行くわけじゃないんで……」
「酔って女の子に絡んだ事はない!絡むのはヤローにだけだと決めてるからな!」
そんな事を言いながら、さっさと外に出ていく椚先輩の後を追うべく私は急いで上着を持ったが、最後に一言いっとかなきゃ……!!
「あの、ホントにデートじゃないんで」
「緑町さん、そんなん小学生でも分かるよ」
そんなやり取りをしていたら、缶コーヒーを手に椚先輩が戻ってきたのだ。
「置いてくわけないじゃん、二人で帰るところ見せつけないとな」
そんな軽口をたたきながら、残業をしている同僚の頬に缶コーヒーをくっつけた。
「あっつ!!!」
「もうねみーんだろ、捗るもんも捗らねぇから五分、十分、一旦休憩しろ」
「うす……」
その様子を見て、今度は私が椚先輩を置いて出た。
面倒見がいい人……それって間違いじゃないと思う。なんの迷いもなくそういうお節介が出来ちゃうんだから、ホント、私とは別の生き物だ。
そんな生き物と二人きりで、話が噛み合うかな。
周りの人達がいる状態で、会話するのとは違うよね。
私は急に二人きりであることに緊張してきた。
警備室をくぐった前で私は立ち止まり、追いかけてきている椚先輩をーーーー今、見ている。
**********
『お疲れ様です、富海です』
「あ、どうしたの?何かあった?」
『えっと、直帰札忘れちゃって……くっつけて貰ってもいいですか?』
「ホントはいけないんだけどねーいいよ、次から気をつけてね」
『ホント、助かります、ありがとうございます……お疲れ様です』
「はい、お疲れ様」
良かった、まだ残ってる人がいて……内線に出たのが、椚先輩や緑町さんじゃなくて。
まぁ、椚先輩は定時の男だからな。緑町さんも、あの一件以来……いやそんな事どうでもいい、急がねぇと。
今日俺、なんかずっと巻いてるな。
やるつもりのなかった直帰のせいで今日でなくていい仕事を増やしちまった。
今日は買い出しなんてしてたら、夜が開ける……ってのは言い過ぎだな。ただ俺も飯がないのはキツい、あいつも腹が減ったら辛いだろ、多分。
ぼんやり浮かぶ、モップの先の事。
顔は思い出せない、難しい、変な顔。
いつぞやの病院代の出費のおかげで、節約したい俺。
いや、別にいいんだよ困窮する未来は全く見えない。
でもそんな風に毎回やってたら自制が効かなくなっちまうだろ、疲れてたって自分の飯くらい作るもんだ。
俺、結構食う方だしコンビニ弁当だったら三つは欲しいよ。晩飯に二つ、晩酌に一つ。
買い出しするんなら、自宅の最寄り駅一つ手前で電車は降りないといけない。
最寄りからスーパーに行って家に帰るよりも、早いんだよな。
この事実に気付くまで、今のマンションに越してきてから何年?経っていたか。
愛が家に来てから車で買い出しに行った時だ。歩いたらこのぐらいの時間で、随分違うもんだと教えて貰った。
平日の買い出しは愛がバスや徒歩で行ってくれてたからな。
大変だったろ、一人で二人分の食材持って帰るの。
買い物代行が成り立つのも納得だ。
俺、バスは苦手なんだよ。待ち時間で歩いた方が早いような考えでさ、アイツいないと自分家の前から出てるバスも分かんないんだから。
あーあ、思い出しちゃったよ。
別に感傷ほどじゃないんだぜ。
寄りを戻したいとか、そーゆーのはないから。
でもなぁ、ほら、アレ、猫な。
猫。
この存在のせいで、断ち切れるものも断ち切れないもやもや感が俺には辛いんだよ。
そんで、生きてるじゃん。
当たり前だけど、猫って生きてるじゃん。
だから気持ちが持ってかれちゃって……
なんかスゲー忙しいんだよ。
あっちこっちに。
そんな考え事をしている内に、一つ手前の駅に着いてしまった。
降りる?降りない?
電車のドアが閉まった。
あーあ、結局コンビニコースかよ。
自分で見送っておいてな、がっかりするふりはしないと気が済まないだろ。




