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俺は猫とメンヘラがキライだ。  作者: 反射的な司馬懿
日常の兆し

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緑町の想い

 富海くんは、ちっとも新人じゃなかった。


 気が利いて、次に何があるのか想像していて、それがハズレない。


 電話応対の引き継ぎも、周囲の人を不安にさせたりしなかった。


 誰しもが彼を簡単に表現できる。


 『完璧』だと。


 私はこういう子もいるんだなーと、感心したり、焦ったり。


 初めての後輩に負けじと私は、とにかく自分のできる事を精一杯やったと思う。


 けれども、悔しさを感じられないほど力の差を理解させられた。


 どんどん離されていく。


 今となっては、富海くんは椚先輩と同じ仕事を受け持っていて、私はその場から動けない。


 個人の裁量、時間の自由。選ばれた人達だけの特権を彼らが持っているに過ぎない。


 課長の主な仕事はタイムキーパーであり、各々の仕事の進捗に無理がないか、受け持っている仕事が円滑に進んでいるかに目を配り、不足があれば人員を補填する。


 重要なのは……そう、当たり前、重要な案件だけ。


 各々抱えた仕事にプラスしてフォローを強いられる事もあった。


 私がどう評価されたのかはわからない。


 けれども私は自分の仕事もままならないのに、他人の仕事までも常に抱えてしまった。


 言いやすかったんだろう。


 ううん、他の人たちが抱えてる仕事量と比較して、余裕があるように見えたんだ。


 私は終わらせるべき自分の仕事を先送りにして、他人を手伝ってしまった。


 他人を手伝うという事は自分の仕事が終わっているということなんだ。


 そんな当然の理を破ったがために、私は自分の仕事を家で進める他になくなった。


 就業中は他の人の仕事を進め、家に帰ってから、この状況がバレないように自分の仕事を進めている。


 一日に何時間眠っただろうか、それを考えるような恐ろしい事は出来なかった。


 そんな日々を過ごしてどれほど経ったか。

 あーあ、もっと恐ろしい事考えちゃった。


 私は、もうダメだと思った。

 ダメだった、限界だ。


 何がダメってそんな事、他人でしかない会社の人には言えないよ、じゃあ誰よ、友達、家族……?


 ーーお母さんに、お父さん、言えるわけないじゃん。


 友達になんかもっと、もっと言えないよ。


 誰にも言えないんだよ。私が無能……使えないやつだから。それだけなんだ。



 後輩が出来ることを私は出来ないんだよ。



 私、寝不足だよ、ああ……えーと、もうダメじゃん。



 そんな事を言い訳にして、誰にも顔向けできないよ。



 もうダメだって、もう。

 ダメな事はわかるんだから。


 いつか、ドアノブに結んだTシャツが見える。


 きっと気持ちいいんだろうな。


 簡単、簡単。


 私は。



 きっと、簡単に……

 


 誰に縋ることもできないくせに、私はスマホを手に握りしめていた。


 そんな時に振動が伝える、一通の連絡。



 <遅くなりましたが、書類の確認しました



  富海君が書類の確認をしてくれる事になっていたね。後輩がそんな立場だよ、ほんっと、なさけない。


 ダメな先輩でごめんね、仕事増やしてごめんね、そう思った。


 私は今、ドアノブにかかっているTシャツだけが心の拠り所なんだ。言い訳も、どうでもいい気持ちすらも、私を苦しめていた。


 うるさいうるさい。


 電話。


 私なんかに何の用、通話ボタンを押してしまう。

 切るつもりが通話ボタンを押していたんだ。


 間違えただけ。

 間違えたんだ。


『……あ、こんな時間にすいません』




 富海くんの声。


 ーーーー私、知らぬ間に泣いていた。


 何勝手に泣いてんだよ、自分。

 

 流れる涙、これに気付いてしまえば、喉に痛みが走るんだ。



『来週の会議の書類、もう一度確認しておいてください。大丈夫なんで、いや、大丈夫じゃなかったらお手を煩わせますが、こんな感じで……』



「うん、わかった……確認しておくね……ありがと」




 普通、普通、普通にしてさ、もう通話なんて出来ないよ、一瞬だけ言葉を紡げただけなんだよ。


 きっと私は素っ気なく電話を切った。


 耳に残ってしまった彼の言葉、なんで、なんで、なんでよぉ……



  私は喉の痛みを解放させて、ワンワン声をあげて泣いたんだ。泣いたら辛い、でもその先に元気が湧く、何故だか分からないけれど。



 また明日も仕事いかないとね。きっと、冷静じゃない、寝不足だから、きっと。


 悔やむかもしんないじゃん?


 縋りつきたいんだ、富海くんに、この世界に。


 今日は寝よう、寝るんだ陽子。

 今日は、止めよう、また明日。




**********




「緑ちゃんの様子、どうだった?」



 前のめりで俺に迫り来る椚先輩。

 男の上目遣い気持ちわりーわ。



「いや、フツーだったでしょ」



「今、何時だと思ってんだ!!」



「てめーが、今すぐかけろって……」


 冗談だと分かっていてもつい、イラっと返してしまう。



「最近、緑ちゃん、思いつめてるなって」



 椚先輩は遠い目をした。

 

 明後日を見ている視線の先に何を思ってるのか知りたいわけじゃない。


 ただ、こう言う時に垣間見えるこの人の繊細さが、きっと、俺は好きなんだよ。



「そんな事なかったですよ、声も明るかったし」



「そら、お前の感じる心が足りんのじゃ!!どいつもこいつも!!」



 ただ、この『椚節』……今日はお腹いっぱいだ……疲れたんだよな。早く帰らないと、なんだかんだ愛は寝ずに待っててくれるし。



「タクシー呼びます?俺は歩きますよ、四十分くらいなんで」


「俺ら家が真逆よなぁ、一緒に住むかぁ?愛ちゃんと三人で!!」


「はい、ムラマツビルのファミレス前まで一台……あ、五分もかからないですか?直ぐ降りますね、宜しくお願いします」


「誠さん、会計しとくんで下降りてくださいタクシー来ますから」


「とっとと帰れってか?そうだ、とっとと帰らんと明日が大変だ!」


「ーーお疲れっした」


 パッと身支度をして、切り替えられるのは流石だ。

 冗談半分、芝居半分、本気はたまに。


 俺は椚先輩の姿が消える所を確認し、スマホに目を落とした。その矢先、テーブルの上に何枚かのお札が置かれた。


 見上げる頃には、再び椚先輩の後ろ姿。

 スマホが振動する。


『愛ちゃんのプリン代×2』


『あざす』

 

 短文を打ち終え、俺は持ち帰りのプリンとお会計を頼んで暫し待った。



 たまーに……こういう回りくどいこと、やらされるんだよな。


 頼まれる時は仕事の顔だし、書類も纏めた状態で投げてきて、負担にもならないから……引き受けちゃうけど。


 この人が頼ってくれてる気がする事。

 この人の力になれてる気がする事。


 これで俺への報酬は充分なんだよ。きっと……誠さんの事、心の奥底では尊敬してるんだよな。


 このプリンの気遣いといい……。


 ーーーーでも緑町先輩、こんな時間に迷惑だったよな、明日謝らないと。


 

 いや、ホント、めんどくせぇ事させんなよな。


 俺は時計を確認してあくびが出た。



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