想い、それぞれ
俺は家に帰る足取りが重くなっていた。
これまで喧嘩がなかった訳じゃない。
けれども今回はいつもの喧嘩とは違う。
彼女に対して嫌だと言えば基本的に分かってくれるのだ。
俺は彼女が分かってくれないと頭から決め込んで、嫌な態度でやり込めようとした。
どこか、心の奥底で猫を望まぬ存在として認識していたのかもしれない。
なんとなく、最近の彼女は猫ファーストで猫に対するノーは許されないような雰囲気があった。
動物を好きでもなんでもない俺に、猫の全てを受け入れて愛するように強要されているようで嫌だったのかもしれない。
いや、全部思い込みだろうか。
俺は割と細かいタイプで、彼女は大雑把なところがある。
けれどもその適当感が俺の悩みをいつも、蹴散らしてくれていた。
スマホの新機種を買いに行った、その当日だ。
設定をしている最中に俺がスマホを落として画面にヒビを入れた。
ほんのかすり傷程度だったが、そのヒビが自分の指に引っかかるような気がしてとにかく気持ちが悪かった。
なにより買ったばかりの新品を、早速傷物にして萎えに萎えている最中、前に居た彼女がやたら画像を送ってきたのだ。
スマホの画面が割れているように見える待ち受けだった。
彼女はニヤニヤしながら、俺の様子を見ている。
「気のせいだってば!」
「その待ち受けでどこが引っ掛かるのかわかるわけ?」
「いや、物理的に傷がついてるんだから……」
「そんなちょんって、ちょんって入ってるだけじゃん」
「いや、買ったばっかだし……」
「あたしが勢い余って○○君の車のドア傷つけちゃったじゃん」
「ホントはあれもめっちゃ怒ってた?」
「いや、それはしょうがないじゃん」
「別に怒ってないし、そう言う事もあるだろ」
「変な人だね、車の傷は気にしないのにさ、そんなちょんって入っただけの傷に」
「ちょんっ」
「ちょんっ」
そう口に出しながら俺の脇腹をつつきまわしてきたのだ。
俺は思わず、手元のスマホを落としてしまった。
画面が下になって落ちたスマホ。
二人とも目を丸くして、おそるおそる床からスマホをめくる。
「あー!!!!」
俺は叫んだ。
バキバキに割れた画面に。
ーーーーと、思ったらさっき設定させられた待ち受けだった。
二人の視線が合う。
ポツリと彼女から出た言葉。
「ドア、ごめんねぇ……」
「そっちかぁ……」
二人で笑った思い出。
その時の心臓の締め付けと言ったら。
おかげで本当に馬鹿馬鹿しい小傷に過ぎないものになった。
(いいヤツなんだよな……)
(猫の毛ごときに目くじら立てて)
(最初に謝ろう)
心なしか、ひっそりと玄関の鍵を開けて俺は家に入った。
まず、俺から先に話しかけたいんだ。
玄関からリビングに通じるドアを開けようとノブを掴んだ時。
中から声が聞こえてくる。
電話をしている?
「ねぇ!あんたのせいで!」
「○○君に嫌われたじゃん!」
「ねぇ、聞いてんのかよ……」
「なんとか言えよ……」
俺は、
彼女がこんな声をあげているのを初めて聞いたんだ。
どんなに追い詰められた時も、明るく振る舞っていた彼女が……
聞こえる声から、これは猫に言っている事なんだろうと徐々に理解し始めた。
こっそりと、彼女の様子を伺う自分に違和感を感じつつもその場から動く事が出来ない。
ぐずぐずと彼女が泣いている声が聞こえる。
猫の様子は伺えない。
どうしたら……この考えはまとまらない。
俺は一瞬だ、一瞬考えた。
けれども、すぐにそのドアを開けたと思う。