その日の午後
自宅に戻った俺は、リビングで猫の籠を開けてソファーにどっと倒れ込んだ。
「あーーー疲れた!疲れたぁ〜」
俺は壮大な独り言でストレスを発散させる。
そしてゴロリと向きを変えて天井を見た。
電気の灯りをぼんやりと見つめ、目を瞑るとその光の残像が目の裏側に残る。
意味もなくその光の残像がなくなるまで追いかけていると突如腹にぐっと重さを感じた。
「お前、思いっきり乗るんじゃねーよ」
「元気そうだ……なによりだ」
猫は俺の話なんて聞かない。
人をソファーの一部のような感覚で、飛び乗ってきたそいつは更に追い討ちをかけるように、その場で足踏みを始めた。
「お前なんやねん……」
俺の言葉に反応したわけじゃないだろうが足踏みはほんの少しの間の事だった……そして足をしまい込んで俺の腹の上で鎮座してしまう。
「おい、俺の腹との間に手を収納すんな」
いつの間にか腹の上に乗っていた事は今までにもあったが、意識のある中でこのような状態になったのは初めての事だ。
その為俺はどうしていいのか分からず、手を挙げろ!の状態で声をかけ続ける。
すると腹には猫特有の音が響いてきた。
ゴロゴロとか言われているやつだ。
まことしやかに、この音が健康にいいとかなんとか……局所的で不明確な知識を思い出したりもする。
自分の頭がぼんやりとしている時に不意に触れてみる事はある……そういや、この猫に条件付き以外で触れた事があったか?
そんな事を考えていると、猫が目を開いて俺を見てきた。
「なんだよ……」
すると収納した手を片方取り出してぺろぺろ舐め始めたのだ。
ぺろぺろというか、シルシルというか……。
なんだか恐いぞ。
俺は肉食獣の食後のような光景を目下で捉えて口が半開きになったまま声も出ない。
俺は完全に時が止まったような姿勢だったが、猫が手を舐めるのを止めてスン、とため息のような音を出した瞬間また手が収まったのを見て、触らんでもいいその毛皮をそろりと撫でてしまったのだ。
すると薄らと目を開けたこいつは、俺にガブリ!なんてこともなくされるがままでいてくれた。
「あったけ……」
間抜けな声だったかもしれない。
けれど、この猫をはっきりと認識して触れた初めての言葉。
あたたかいとは何度か思ったさ。
けれども、コイツがあったかいと本当に知った瞬間だった。
猫はあったかいんだ。
ただ、今まで理解できなかった問題が解けた瞬間というだけ。
これは、こういうものだと俺が納得しただけのこと。
「おまえ、あったかいんだな」
そう呟いて暫くそのままでいた。
それ以上のことはないさ。
早くお前の飼い主に引き渡さないといけない。
そうだ、様子を見てちゃんと元気な事を確認してさ。
そしたら俺の責任も、またなくなって。
俺の日常が始まるんだよ。




