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不穏分子

 彼女は動物が好きだった。


 俺は別に好きでも嫌いでもなくて、動物を飼う事自体考えた事がなかった。


 だからこそ気乗りしないともなんとも言えず、反対しなかったので、彼女は友人から仔猫を貰い受けてきた。



 「ウチのマンション、ペット禁止だけど……」



 突然我が家にやってきた仔猫を見てふいにその言葉が出てきたのだ。


 そうだ、そんな事も頭になかった。

 

 動物を飼う事を考えてもいなかったからだ。



 「ダイジョブダイジョブ!隠れて飼ってる人なんて沢山いるでしょ!」



何をいい加減な事を……と思えど、彼女は仔猫をいじるのに夢中で、満面の笑みを浮かべており今更どうにもならない事だけがはっきりと分かった。



 「白い猫とね、茶色い猫がいたんだけど!」



  「うん、」



 「ほら、写メしたじゃん!」



 「おー」

 


 「白い方はもう貰い手が決まっちゃってて!」



 「既読しかつかなかったから、茶色いこの子にしたの!」



 既読しかつかなかったから茶色い方になったんじゃない、白い方は貰い手が決まっていたからだ。



 「そうなんだね」



 俺はニッと笑って、頭の中で彼女の話を整理した。


 ただ、それだけで別に反発するわけでもなく、どうでも良い事だった。


 そして仕事から帰ると、猫の話を彼女から聞かない日はない。


 俺の世話を焼くばかりで家に一人で居ても退屈なのだろう。


 彼女のストレス発散にちょうどいいと考える事も出来た。


 今日はあんなことがあった、こんなことがあったと、目を輝かせて猫の写真や動画を俺に見せてくれる。



「……でね、○○ちゃんが、」



「ふーん」



「……もう笑っちゃった、」



「へー」



「……凄くない?!」



「ほー」



 毎日飽きもせず、日々猫の報告を欠かさない彼女だったが、結局のところ猫は彼女の玩具というか、付帯物というか、服の一着の話をされている感覚だったので俺はそっけない返事をしていただろう。


 頭の中では『は行』の活用、は、ひ、ふ、へ、ほ、『はぁ?』はないな、『ひぃ!』もないな。


 ふーん、へー、ほーで相槌を打つと適当だな、と言葉遊びをしていたのだから。


 そんな調子であっても、毎日はしゃぐ彼女を見ていて楽しかったし猫を飼って良かったんだろうと納得していたのだ。



 そしてある日の出来事。


 俺はいつも通り出社して仕事をしていた。


 書類を持ってデスクから立ち上がったところ。



「犬ですか?」



 唐突に謎の言葉をかけられて、ん、と首を傾げると目の合った同僚が笑っている。


 どう言うわけか、俺のスーツの上着の裾に毛がべっとりとくっついていたのだ。


 自分の座る椅子にも毛が移っており、すぐにはこの毛の正体に合点がいかなかった。



 「あー……これは……」



 猫の毛だろう。


 俺は仕方なしに用具入れから、柄の長いカーペットクリーナーを取り出すと、こちらに手の平を向ける同僚がいた。



「……猫かな」



 毛の正体を犬から猫に訂正しつつカーペットクリーナーを手渡すと、何も言わずに同僚は掛け始める。


 床に掛けるものでスーツを他人にコロコロして貰う。


 そんな具合に気恥ずかしさもあったし、想定外の異物を身に纏っていた事に多少不快感を覚えた。


 帰ったら何故上着の裾に毛がついていたのか探らなければならないなと、もやもやとした気持ちが渦巻いた。




**********




「ねえ、俺の部屋に猫入ったりする?」



「えー部屋別に開けないし、勝手に入ったりしないんじゃない」



 猫を揉みながら、彼女はそう答えた。


 帰れば自室に必ず吊るすスーツ。


 自分の戦闘服を蔑ろにしたりしない、ではどこで。


 俺は原因が分からずに引き続きもやもやとした気持ちで彼女が用意してくれた食事をとった。


 彼女とのライフスタイルは少し合っていない。


 俺の帰宅が遅い事もあり、彼女は夕食をひとりで済ませて、俺の食事中はもっぱら猫と遊んでいる。


 俺は彼女のその様子を見ながら、食後の晩酌、ゲームをしながら寝落ちするのが慣例だ。


 そして彼女が俺を揺すって起こしてくれたら、自室へ向かう時間。


 猫が来る前、彼女はなにしていたっけ?


 ぼんやりとした頭でふいにそんな考えが浮かんだ。



「猫、来て良かったな」



「んー?」



 唐突な俺の言葉に彼女はどうとも答えず、微笑みながら猫を撫でていた。



「……おやすみ」



「おやすみ」



 パタリとドアを閉じてスマホの充電器を差しているとバタバタとリビングから音が聞こえる。



 「うるさいよ!○○君もう寝てるから!」



 これももう、毎晩の事だ。


 俺がうるさいと思うすぐさま、彼女が猫を注意している。


 なんなら、彼女の声のがうるさいのだ。


 これは別に嫌な音なんかじゃない。


 くすりと、鼻をつく笑いを溢して俺は眠りに就く。

 

 もう猫の毛の事を考えてはいなかった。

 まどろむのは一瞬で俺は気付くと朝を迎えている。


 翌朝の事だ。


 彼女が出社前の俺にケラケラ笑いながら一本の動画を見せてくれた。


 玄関の廊下を猫がカーチェイスのように滑っている動画だ。



「へー」



「肉球って滑り止めかと思ってたわ」



 俺は適当な相槌を打ちつつ、玄関先のヘリに座って靴を履こうとした時だ。


 猫の毛の原因を思いがけず究明してしまったのだ。


 至る所に毛が見える。


 はっきりと捉えようと、自然と眉間に皺が寄った。


 俺は、気持ちを飲み込むでもなく、ありのままの想いを口にする。



「……猫、廊下に出すのやめてくんない?」



 俺は多少冷たい口調で敢えて伝えた。



「えー?」


「床の毛がさ、俺のスーツに付くんだわ」


「あー」



 俺は気のない返事に苛立って、真顔で彼女の顔を見る。



「……」



「靴べらあるじゃん、座らずに靴履けば?」



「……俺の部屋からコロコロ取ってきて」



 猫を抱えたまま彼女は居なくなり、戻るとガムテープを渡してきた。



「……」



 俺はガムテープを受け取り輪っかにした状態でペトペトと毛を取った。


 彼女はその様子を多少、気まずそうな顔をして見ている。


 彼女にガムテープを返そうとした時、テープのへりの部分に猫の毛が付いている事に気がついてしまい、出かかっていたお礼の言葉が引っ込んだ。


 そのまま無言で家を出て、どうでもいいコーヒーを自販機で買って飲み干した。





 毎日見送る彼の後ろ姿。

 こんな日課、必要ないかも。


 私は腕にしがみついてるこの子の可愛さを見ると、余計に腹が立ってきた。


 だから、聞こえるはずのない言葉をあえて口に出すんだ。


 

「なんなの、気が短いやつ……そーゆーとこが、ダルいんだよ」


「ねー、毛が落ちちゃうのはしょうがないじゃん、あたしだって忙しいんだから……」


挿絵(By みてみん)


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