じこ
三題噺もどき―よんひゃくじゅうなな。
ジワリと汗が滲む。
春の温かさはこんなものだっただろうかと、少し疑問に思う。
去年はもう少し心地のいい暖かさだったと記憶しているのだけど……寒かったり暑かったりと大変なものだ。
「……」
朝早く、重たい体をベッドからなんとか引きずり出し。
病院に向かうべく色々と準備をしていき。
さて今日は暑いのか寒いのかとぼんやりと考えながら、適当に服を選んだ。
―のがよくなかったのか、歩いている今は少々暑い。
「……」
上着を脱いでしまえば多少はマシになりそうだが、それを手に持つのも面倒だ。
玄関を出た段階で分からないものかという感じだが、まぁきっと、ろくに思考が回っていなかったんだろう。
それに、それなりの上階に住んでいるから、風が強くて見当もつかなかったか。……何年あそこに住んでるんだか。
「……」
まぁ、そんな色々をしたうえで、今病院への道を歩いている。
朝食は今日は、食べ損ねたな。損ねたというか、食べる気にならなかったんだが……何か言われそうだな。
まぁ、いつものことだ。
「……」
いつも言われることが出来ないのもどうかとは思うが……。
無理に朝食を食べようとすると、どうも気分が悪くなるので出来ないのだ。
過去に、色々と調子が悪い時に無理に食べていたことがあるんだが。
その時は、とうとう戻してしまった事もあったし……まぁ、それでもあの頃は食べていたが。作り手がいる以上は食べるべきという我が家の教えのせいで。
今は、朝食を作るのは自分なので、食べない日もある。
「……」
今日はそれが幸いした。
「……」
病院までの道の途中。
大通りの歩道を歩いていく。
街路樹的なものは植わっているが、低木はない。
背の高いのが何本も並んでいる。
「……」
だから、道路を走る車のタイヤなんかも見えたりする。
消えかかっている道路の表示も見えたりする。
色々表示はあるが、果たして守られているのかどうか……。
自分自身、車の運転は長年していない。免許は持ってはいるが、身分証明程度にしか使っていない。車もってないし。
「……」
ここを走る車は、それなりのスピードでやってくる。
制限速度などつゆ知らずと言う感じ。
だからか、たまに交通事故が起こっている。
人がらみであれば、それはニュースにもなるし、少し騒然とした空気に包まれる。
「……」
人がらみであれば。
「……」
それが、他のものであれば。
何事もなかったように。
「……」
例えば犬。
例えば鳥。
例えば。
「……」
猫
「……」
誰かが、道の端に寄せたのか。
それとも、たまたま端に寄ったのか。
「……」
その塊は、道路のわきに落ちていた。
歩道側。
私の歩いていた道のすぐそこ。
「……」
ピクリとも動かず。
無残な姿で、そこにあった。
「……」
あれは。
いつか見た、黒猫だ。
「……」
野良の。
ぼさぼさの毛並みの。
ろくに食べていない。
やせ細った。
「……」
それでも、しかとした。
強さのあった瞳を持った。
あの黒猫。
「……」
ぞわりと。
胃がひっくり返るような。
感覚に襲われた。
「……っ」
何に嫌悪を覚えたか。
車にか。
猫にか。
自分にか。
「……」
ホントに、何も食べて居なくてよかった。
こんな所で戻すわけにはいかない。
あの猫もそんなことされてもという感じだ。
「……」
私にはなにもできない。
助けることも。
埋葬することも。
「……」
何もできない。
できそこないだから。
何も。
「……」
視線をそらし。
みなかったことにして。
道を急ぐことしか。
「……」
全てに嫌気がさす。
何もできない自分が。
何もしようとしない自分が。
「……」
頭上には青空が広がっている。
こんなに暑いと、嫌になる。
あの日の記憶も相まって。
「……」
ジワリと汗が滲む。
お題:猫・青空・ベッド