犯人偽装
1982年 インディペンデントシティ インディペンデント警察署
「そんなわけあるか!」ラドクリフが呆れて容疑者クリスを怒鳴りつけた。「証拠はお前を示しているぞ!お前がビデオ屋デュークをやったんだろ!?」「違う・・・本当に俺じゃないんだ。だけど俺は今言ったように盗みに関わった。ある有名人に頼まれてね。それから・・・パソコンのデータを消したのも俺だ。」「罪を軽くしてもらおうったってなあ・・・」そう言ってまた怒鳴ろうとするラドクリフ巡査をサラは止める。「ラドクリフ、待ちなさい。彼の話は確かに嘘に聞こえるのは分かるわ。でもバイアスは私たち警察官にとって危険よ。」「しかし・・・」「ラドクリフ!ごめんなさいね、クリスさん。あなたの証言について整理するわよ。」サラ警部はクリスの証言の確認を始める。
「まずあなたの友人がなたに盗みの依頼をした。あなたが昔から今まで泥棒稼業を本業としていることを知っていた友人ね。その依頼内容はとある女性が映ったビデオを盗むこと、パソコンに保存されているビデオ素材の消去ね。」「ええ、その通りです。」「そして殺人事件があったのと同じ日にあなたはデュークの根城のアパートに忍び込んだ。間違いないかしら。」「はい、間違いありません。」「その際部屋のドアは施錠されていなかったのよね。」「ええ。開いていました。そして中で・・・」「デュークが死んでいた。」「そう、そうなんです!嘘に聞こえるのは分かっていますが、神に誓って本当ですとも!俺が着いた時には既にビデオ屋デュークは死んでいました!」「ええそのようね。それからあなたは依頼内容を実行したのね?」「そうです。指定されたビデオを探し出し、データを消しました。盗んだものとデータの入ったUSBは俺のアパートにあります。」「分かった。今から証言の裏を取りに行くわ。あなたのアパートに一緒に行きましょう。」
30分後 インディペンデントシティ 中央区 下町
「これです!」クリスは小汚い部屋の中央に不自然に置かれている金庫に走り寄ると開錠し、中からカセットとUSBメモリを取り出した。サラはそれを受け取り、ラドクリフに言う。「どうやら容疑者の話は本当みたいね。それにパソコンからデータが消された時間に間隔があったことにも説明がつくわ。恐らくドレイクを殺した犯人はその際3つのデータを消したのね。」「なるほど!そして残る二つのデータは・・・」「そうよラドクリフ、クリスが消したの。」
四十分後
「では再生してみよう。違法に出回っているビデオだから何が映っているかは分からんぞ。だがまあショッキングな映像であることは間違いないぜ。」と鑑識課のロイドは言い、再生ボタンを押す。
大きな白文字で「パワフルな女達第八話」と表示された後「あの女の遊び方」というテロップと共に十代前半の裸の少年と下半身裸の若い成人女性が映し出される。女性は少年の下半身をなめていた。「待って!この女・・・」「ああ、俺も驚いたよ。彼女は先日慈善家に転向したしたばかりのハリウッドスター、アナベルじゃないか!」とロイド。「なるほど・・・クリスの友人の男は・・・」「アナベルの関係者で間違いないでしょうね。」
三日後
「カルロスの釈放を頼んでみたがね、もしかしたらカルロスにとってより厳しい状況になるかもしれんぞ。」とリングビン。「どういうことです?」とデボンが尋ねる。「ワトスンはカルロス釈放と引き換えに、デッド・ボーイズに武器を下ろしているロシア人と麻薬を下ろしているコルシカ人の情報の無償提供を求めてきたんだ。」「なるほど・・・で、どうなさったのです?」とカルロスの弁護士が尋ねる。リングビンはそれに対して自慢気に言う。「あんたの依頼人を助けるため私はワトスンから提示された条件を飲んだよ。儲からないが、情報を無償提供した。不満かもしれんが、依頼人には私が自分の利益を考えずに救ってやったことを伝えてくれ。」「承知しました。」と不安そうな顔で弁護士が答える。
「カルロスの釈放と引き換えにデッド・ボーイズ全体としてはなかなかの危機がおとずれたなあ。」とラングリッド。「ああ、そうだな。カルロスから聞いた話だとデッド・ボーイズの主な収入源は風俗経営と用心棒、強盗と依頼殺人、そして麻薬取引だろう?」「ええ、私は・・・その詳しくありませんが・・恐らくそうだろうかと・・・」と慌てたようにラングリッド。この弁護士はカルロスが逮捕された後に雇われたようで、あまりデッド・ボーイズの内情には詳しくないようだ。
「用心棒稼業と強盗稼業、依頼殺人稼業にはロシア人から買う武器が必要だろう?さらにデッド・ボーイズの扱うヤクの供給先は俺とマフィアとの取引のため出張してきたコルシカ人のみしかないだろう?俺はワトスンからはっきりとブツの横流しを禁じられたから、サツがリングビンからの情報をもとに動けば・・・」「ええ、デッド・ボーイズのシノギの大半がつぶれますね。」さすがの弁護士もデッド・ボーイズに迫る危機は理解したようであった。
二日後 インディペンデントシティ トール地区
「人の家に押しかけて何を言い出すかと思えば!」声を荒げる女優アナベルを前にしてもサラは追及の手を緩めない。「あなたが少年に対する性的な行為をしていた映像を入手しました。違法ビデオを販売していた男のアパートに侵入した窃盗犯から入手しましたよ。」「あらそう?自分でこんなことは言いたくないけど私は芸能界の売れっ子だった女で、今は慈善家として活動しているわ。世間の評価は清廉潔白。私が作った評価じゃないわ。世間がそう認めているの!それを前にしてもあなたは私の名誉を棄損するのね!出るところに出ることになるわよ・・・」しかしサラは既に立ち上がって荷物をまとめていた。「今窃盗課の刑事があなたの執事を任意同行しているところです。彼は窃盗犯の高校時代からの知り合いで、今も交流がある人物ですからね。あなたの依頼を受けた旨の供述もしているそうですよ。」それを聞いてアナベルは顔面蒼白になりながらも「訴えてやるわ・・・」とサラを睨みつける。「ええ。構いませんよ。」と冷たく言い放つサラ。「とにかく私は失礼します。相方が担当しますので。」そう言うとサラは隣に座っていた風俗課の刑事に「後はよろしく頼むわね。」と言うと椅子に崩れ落ちるアナベルを背に退室した。
翌日 夜 インディペンデントシティ郊外
大勢の立ちんぼが手を挙げている。走り去る車に向かって手を挙げてアピールする。
インディペンデントシティ郊外はこうした立ちんぼが大勢いることで有名であり、多くの男性が夜中に女性を物色しに現れる。
周りの女たちに負けじと声を張り上げる一人の女の前にゆっくりと車が停まった。女は喜びの声を上げて顔を出した男性に微笑みかける。「最低50ドルでやるわよ。」「それは車内の料金だよな?」と男。「ええ、そうね。」女の手は男の高級腕時計を見ていた。この男には別プランを紹介しよう。「ホテルだと200ドルね。ホテル料金はあなた持ちになるわよ。」「ホテルのプランで行こう。可愛がってやるから助手席に乗りな。」と言いながら男はキューバ葉巻を吸う。(金持ちのおじさまじゃない!おごらせてやろうかしらね!)女は嬉々として車の助手席に乗った。この車は地獄行きであることも知らずに・・・
二日前 インディペンデントシティ 中央区
ビルとビルの間の路地に袋を抱えたブラジル人が入っていく様子をカルロスと三人の手下は見ていた。「よし、行ってこい!」と言うカルロスの命令で後部座席の二人の手下はハンドガンとサバイバルナイフを手に下りていく。
同時に隣の車からも二人の黒人が下りてきた。その二人に窓を開けて声をかける男は英語圏のアフリカ諸国にルーツを持つ黒人のギャング集団「スライサーズ」支部長の用心棒であり支部のトップ2でもあるダスケだ。
四人の黒人はブラジル人の入った路地に入っていく。
ブラジル料理店店主のパウロは入って来た従業員に「お疲れさん!」と言い、厨房の中に袋を入れるよう指示する。
パウロはラテン系ギャング「タルコザ・ファミリー」の末端の構成員であり、今部下に向かい側のモーテルにいる別の構成員から保管する麻薬を受け取って来させたところであった。先日タルコザ・ファミリーの主要な麻薬保管庫のうちの一つが敵対組織の黒人ギャング「デッド・ボーイズ」に襲われ、爆破された。その事件を受けたタルコザ・ファミリー上層部は少数の拠点で保管されている麻薬を複数の場所で保管することにしたのだ。リスク分散のためであった。
従業員が野菜用の箱の下に袋を隠したことを見届けたパウロは煙草を取り出し、火をつける。
「きたねえところに店を構えてやがるぜ。」と地面に唾を吐きながら路地の突き当りにある錆びかけた鉄製の扉を見つめるスライサーズ構成員。「ああ。」と言いながらサバイバルナイフを抜いたデッド・ボーイズの構成員。「突入するぜ!」と言いながら一人のスライサーズ構成員が扉の横にあるガラスをピストルで撃ちぬいた。デッド・ボーイズの構成員が扉に向かって走り出す。
煙草を灰皿に押し付けるとパウロは常連客の麻薬売人の席に向かおうとして・・・足を止める。丁度その席の上のガラスが粉々に砕けたのだ。一瞬の静けさの後、店の中はパニックになる。客の売人も料理用のナイフを手に取り、机の下に隠れた。
「うるせえんだよ!」デッド・ボーイズの構成員の一人が天井の照明をハンドガンで撃ち抜きながら叫ぶ。その後ろではもう一人の構成員が店の用心棒にナイフを突き刺す。
「クソ!ブツを守れ!」敵組織の襲撃であると認識したパウロは料理を持って出てきた二人の従業員を厨房に押し戻しながら叫ぶ。従業員二人は棚の皿を全て地面に投げ落として皿の後ろに隠されていたピストルを握りしめた。
「死ね!」と叫びながら机の下から飛び出してきた売人に対し、スライサーズの構成員は「ナイフごときで勝てるかよ!」とせせら笑いながらピストルを撃った。売人は頭から血と脳髄を流しながら倒れ、即死した。
「部屋の前を守れ!」パウロは店長室に逃げ込みながらカウンターにいた二人の筋肉質の男に命じた。男二人は慌ててハンドガンを抜き、店長室前に臨戦態勢で立つ。その二人に椅子を投げつけながらスライサーズの構成員一名、デッド・ボーイズの構成員一名の計二名の黒人がやってくる。
拾われた椅子を投げ返そうとする用心棒・・・しかしその攻撃は連射するピストルの弾に塞がれた。用心棒二人は即死だ。二人の黒人は彼らを踏みつけながら戸に近づき、け破る。
厨房ではナイフを振りかざして襲う従業員を残りの二人の黒人ギャングが始末した。スライサーズの構成員が厨房に侵入を試みる従業員を入り口から次々と始末し、デッド・ボーイズの構成員が棚や冷蔵庫の中身を全て床にぶちまけてブツを探す。
「くそ!」震える手でパウロはナイフを二人の黒人に向ける。
タルコザファミリーの一員であるパウロであったが、実戦には向いていない。彼はあくまで飲食店の経営者だ。実動部隊には所属していない。
そして二人の黒人は即座にそれを見抜き、両側から素手で襲った。突き出したナイフは虚空を指し示し、右側から突っ込んで来たデッド・ボーイズ構成員によって奪われた。
「クソ野郎がよお!」スライサーズ構成員が首を絞めてパウロを気絶させる。
厨房を襲ったギャング達は遂に野菜の下から麻薬を発見した。「これだ!」「よし、ずらかるぜ!」
こうして南米料理店を襲った黒人ギャング達は麻薬と店主パウロを土産に引き上げたのだった。
20分後 インディペンデントシティ 黒人街
パウロはスライサーズの構成員の訓練用ジムの中に運び込み、椅子に手錠で固定した。
「呑気に寝てやがる・・・」カルロスは気絶しているパウロをいまいましく睨みつけながらその顔に大きなパンチを叩きこんだ。「起きろ!」
パウロは自分の状況を察して叫んだ!「クソ!解放しろ!戦争になるぞ!」「やかましい!もう戦争は始まってんだよ、ボケが!」とダスケが怒鳴りつけ、熱湯をかける。「うっ!」とうめいたパウロを見たダスケはサディスティックな笑みを浮かべながら警棒を取り出した。それを使ってパウロの腹を何度も叩く。「くそ・・・だがあんたらが手に入れたヤクはほんの・・少しだ・・・俺を襲うのは・・・効率的な方法では・・・」「黙れカス!」そう言うと今度はカルロスがパウロの腹を蹴りつけた。「そんなことは分かってるさ。」と煙草を吸いながらダスケ。「ヤクはそこにあったからついでに頂いたんだよ。」「じゃ、じゃあなぜ・・・」と動揺するパウロ。「それはなあ・・・お前さんがタルコザファミリーの内情に通じている野郎の中で一番誘拐しやすかったからさ。」と答えながら平然と煙草の吸殻をパウロの額に押し付けるダスケ。「ふん、情報目当てか・・何にも言わねえぜ。」パウロは冷や汗を流しながらも黒人ギャングたちを睨みつけた。「そうか・・・分かったよ。」そう言うとカルロスは折り畳み式のナイフを取り出し、パウロの目の前で開いて見せた。「情報を言いな。」カルロスはパウロの腕にナイフで切れ目を入れる。痛みで顔をしかめるパウロ。一方のカルロスは平然と鼻歌を歌う。「言えよ。言えば痛い目見ないぜ。」とゆかいそうに笑うダスケ。彼はサディスティックな狂人ギャングとして知られていた。「クソ・・・だがなあ・・・俺らの絆は固いんだよ!」パウロは勇敢にも身じろぎ一つしない。「ふん、そうかい。」そう言うとカルロスはナイフを握り直し・・・いきなりパウロの片目に突き刺す。「絆には興味ねえ。有力な情報がないか言えよ!」怒鳴りながらもう一方の目もつぶすカルロス。「痛い!クソ・・・分かった・・・言うよ。」強がっていたパウロも折れたようだ。
「因みになんだがな・・・あんたの情報に価値無しとわかったら即座に殺すぜ。」とダスケ。「ああ。分かってるとも・・・」そう言って深呼吸しながらパウロは衝撃の内容を口にする。「デッド・ボーイズの風俗店の女が何人かマーダーストームに殺されたと言う情報が出回っているな。」「ああ。そうだ!」と怒りに燃える目でカルロスが言う。「その件だが・・・マーダーストームの犯行と見せかけたものだ。」「何!?じゃあ・・・」「そうだ。タルコザの殺し屋がやった。どうだ、有力情報だろ?」とパウロ。カルロスは思考停止し、しばらく考えている。「なるほどな・・・で、殺し屋の名前は?」「すまんがそれは明かせない・・・タルコザの上層部に粛清・・・」「でもいわねえとどのみち俺らが殺すぜ。」と言ったダスケが進み出て顔にパンチを叩きこむ。骨が折れる音がしてパウロの鼻が変形した。「すまねえ、言い忘れていたよ・・・俺は地下格闘技界ではまあまあ有名なボクサーなんだぜ!」そう言って拳を振りかざしたダスケに対して慌ててパウロは言う。「分かったからやめてくれ!犯人はホセ・リードン。タルコザメンバーだが港湾警察の狙撃部隊所属だ。インディペンデント中の港を探せば見つかるはずだ。パトロールしてるからな。」急いで早口でしゃべるパウロ。「ありがとさん。」そう言ったカルロスはピストルを取り出し、即座にパウロの頭に弾丸を撃ち込んだ。
四日後 インディペンデントシティ 中央区
サラ警部はパトカーから下りると即座に規制線の中に足を踏み入れた。「まさかこんなところに遺棄するとはなあ・・・」鑑識課のロイドが驚きの様子で現場検証を進めている。
上半身裸状態の女の遺体がインディペンデントシティの中核となる中央区の取り壊し中のガソリンスタンドの真ん中に堂々と捨てられていたのだ。女には眼球と乳首がない。
サラは溜息をついて「マーダーストームはまだ野放しの状態ね。」とつぶやく。