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マーダーストーム  作者: エッグ・ティーマン
3/10

止まらぬ凶行

1980年 インディペンデントシティ 中央区 郊外

 路地裏で女は肌に注射器を差して恍惚の表情を浮かべる。「ふ~」狂気的な溜息。その後女は「やれるわ。」とつぶやくと路地裏から出ようとした。

 彼女は道端で春を売る娼婦、いわゆる「立ちんぼ」であった。この下町では珍しい者ではない。アメリカ共和国の経済の要ともいわれるインディペンデントシティであるが、その発展の裏には貧富の差がある。彼女がいる下町は貧しい者達の居住地だ。ここの者達の大半は低賃金労働者であり、残りの者は違法な仕事をしていた。ギャング団を結成する者もいれば泥棒や強盗を生計の生業にしている者もいた。また別の者は情報屋として裏社会に潜り込んでいる。そして若い女は彼女のように春を売る。貧しい中でも貯金した金を使い、下町の故買屋から宝石類や高級衣服を買い上げる。それで着飾り、下町を通過する男達の気を引くのだ。また下町を通過する男達にしてみても、下町で立ちんぼをする女を物色することはもはや彼らの文化ともなっているのだ。というのもこの下町を通過する者達は海上道路を通ってスタン島に行く者達であったからだ。スタン島はジャカシティの大富豪スタンが莫大な資金を投じて作った人工島だ。ここには多くのラブホテルや高級娼婦のいる店がある。通過する男たちは元々色好みなのだ。

 そんなわけで女はこれから到来するであろう夜中の「ナンパタイム」に合わせて見えやすいところに出ようとした。その時、「姉ちゃん、ちょっといいかい?」という声が後ろからする。「はあい?」甘ったるい声を出して女は振り返る。そしてその顔が強張った。男は「さわぐなよ。ついてこいや。」と一言だけ言うと路地裏に女を引きずりこんだ。その手にはナイフが握られている。

 恐怖で座り込んだ男を女は邪悪な顔で見つめる。「綺麗な体だな・・・」男はそう呟くといやがる女の首筋にナイフを当てながら女の服を破いた。女は半泣きになる。「嫌・・・殺さないで・・・」しかし男は絶望的な答えを口にする。「嫌だね。あんたは俺に殺される。でも光栄の思えよ。俺は世間からマーダーストームと呼ばれる大物なのさ。」


二日後 インディペンデントシティ バー「ホムンクルスの戦場」

 「なるほどな・・・事件の裏には何か大きな力が働いていると?」とのカルロスの問いかけにデボンは深く頷いた。「ええ。あくまでも可能性の話ですが。まあ副署長が捜査に横やりを入れているってことは裏がある筈です。」「うん。」と頷くとカルロスはビールを一杯あおって続けた。「で、頼みは何だ?」

 デボンは少し背筋が寒くなる。デボンがカルロスの手下を数名借りたいことを看破しているらしい。カルロスが若者ながらギャング集団「デッド・ボーイズ」の幹部になった理由がよく分かった。この男は他のチンピラとは一味違う。そして敵に回すと厄介だ。

 「実は・・・副署長を吐かせるためには少々荒っぽい手段が必要ではないかと。」それを聞くとカルロスはにやり、と笑う。「いいぜ。吐かせるのにうってつけの奴が何人かいる。元々あんたに内密捜査の依頼をしたのも俺だ。好きに使ってくれよ。」デボンはそれを聞くとほっとする。


昨日 インディペンデントシティ インディペンデント警察

 殺人課にはどんよりとした空気が流れている。また犠牲者を出してしまった。さらにこれで世間からの風当たりが強くなるだろう。今もアシュリー警視の机の上のラジオから怒りに満ちたキャスターの声が聞こえる。「またマーダーストームが殺人を犯しました。今回の犠牲者は中央区郊外の下町で売春婦をしていたマーシャさんです。彼女は同業者も嫉妬するほどの美貌で、売春婦としては有名だったようです。さて、警察はもう少し真剣に捜査をして欲しいものです。いつまでマーダーストームに好き放題させておくのでしょうか?マーシャさんの父親のデビッドさんは警察への怒りを語っています・・・」

 「もう!」苛立たしげに声を上げるとアシュリーはラジオの電源を切った。「さてと・・・誰かアンドリューの解剖学の授業受けたい人いない?とりあえず死体を確認しないと。」


 アンドリュー検視官は心なしか疲れているように見えた。「全く・・・惨殺死体は見飽きたよ。私は長く検視官をやってきたがね、こんなにも多くの惨殺死体が持ち込まれたのは初めてだよ。」

 「やはり手口は・・・」「全く同じだ。それに例によって例のごとく指紋などもない。女を殺して楽しむ下衆のくせに頭は回るようだな。」「特筆すべきことは何も?」「ああ。他の四つの死体と同じだ。遺族の許可を取って解剖をしたら何か出るかもしれんが、あまり期待するな。」「分かりました。失礼いたしました。」そう言って出ようとしたアシュリーをアンドリューが呼び止める。「先ほどここにワトスン副署長が来ていたよ。君を探しているようだった。」アシュリーはそれを聞くと大きく溜息をついた。「あの男・・・」

  

 入って来たアシュリーをワトスンは獲物を狙う虎のような目で見た。「やあ、忙しいところすまないね、まあ座ってくれ。」アシュリーはわざと腕時計を見て大きな溜息をついてやる。

 「マーダーストームの殺人事件は大きな悲劇だ。無論早急な解決を望んでいる。しかし、君たちは犯人逮捕をあせるあまり慎重さを欠いている。もう一度情報整理をしてみなさい。そしてもう一つ・・・マーダーストームの事件が終わったら組織再編するといったよな。あれについての殺人課職員の意向調査がまだ来てないな。」アシュリーはイライラして答えた。「すみません。しかし副署長、今はマーダーストームの事件で忙しいのです。第一、私たちは守る対象である市民からのの信頼を失いかけている状況です。その件はあとで。では失礼しま・・・」「おっと、君には少々説教が必要みたいだな。」アシュリーが出ようとしたドアの前にワトスンが立ちふさがる。「我々のような捜査機関では組織だった捜査が必要なんだ。新人警官でも分かることだぞ。そのために指揮命令系統が存在している。捜査方針を決める者、それを受けて捜査を指揮する者、実際に現場で動く者といったふうに役割分担が決まっている。そして今回、捜査方針を決めるのは私だ。お前さんには納得できないことは承知の上だ。だが仕方ない。緊急性のある事件として署長が私に管轄するようにとおっしゃったんだ。」ここでアシュリーの怒りは爆発する。「お言葉ですが副署長、あなたが署長に管轄権を要求したのではないですか!?」ワトスンは溜息をつきながら「勘弁してくれ・・・」と呆れたように言って椅子に座る。「何のためにそんなことをしなければいけない!?」「そうです。私はそれが知りたい。普段は我々の活動に干渉しないどころか無関心なあなたが、今回どうして捜査方法など口を出すのですか?」ワトスンはアシュリーを睨みつけ、アシュリーは睨み返した。自然とにらみ合う形になる。

 ワトスンは静かに言う。「警視、君には休息が必要みたいだな。捜査本部長には別の者を任命するから君は休め。捜査から外れろ。」


三日後 とある路地

 「やめて…お願い・・・」女は恐怖に震えて目の前に立つ男を見つめた。これが噂のマーダーストーム・・・彼女が最も恐れ、避けようとしていた存在がそこにはあった。「綺麗な体だな。だが、それゆえ貴様は殺される。」冷酷に言い放った男は女に飛び掛かり、服を割き始めた。「いいねえ。」そう言った男の手には、いきなりナイフは握られていた。「な、何するの・・・」「もう知ってるんだろ?女ぁ・・・ウヒヒヒヒ!」女の目にナイフを突き立てる男の笑い声はもはや怪物の雄たけびであった。だがこの声は街の雑踏にかき消されてしまう。

 こうして夜の街でまた一人、マーダーストームの犠牲者が出た。


翌日 インディペンデントシティ トール地区

 この地区はインディペンデントシティの中で最も治安が良いとされている地区である。州警察と市警察支局、連邦警察支局が入っており、各々が競い合いように頻繁なパトロールをしている。さらに警備員が二人以上玄関にたつ大きなマンションが多くみられる。

 そう、この場所は富裕層が多く住む地区だ。富裕層向けの高級マンションと富裕層向けの商業施設が立ち並ぶ。


 ワトスン副署長の車はとある高級レストランの駐車場に入る。彼は少しわくわくしているように見えた。「パークスマン先生がいらっしゃるまで待つ。」と彼は運転手に言い、運転手は「承知しました。」と答える。彼の腰にはピストルがある。どうやら運転手は用心棒も兼ねているようだ。

 窓を開けたワトスンは煙草を取り出し、吸い始めた。パークスマンと呼ばれる人物を待っているようだ。


 「ここでいい。」とデボンは支局の巡査に命じた。「はい。承知しました。」支局巡査はパトカーをレストンランの駐車場に入れる。デボンは「頼む。」と後部座席の二人の警官に指示を送る。二人は「はいよ。」とおよそ警官らしくない返事をして車から降りた。

 デボンは「あんた、疲れたろ?」と言って巡査にカップに入れたコーヒーを渡した。「いいんですかい?」「ああ。お前ら支局の巡査はここの金持ち連中にこき使われている。すこし休めよ。」巡査は少し感動したような顔をしてコーヒーに口を付け・・・気絶した。「カルロスの奴、おもしれえ薬もってるなあ。」とデボンはつぶやく。その「おもしれえ薬」が入ったコーヒーを支局巡査は飲んだのだった。


 ワトスンは「おや?」と言って近づいてくる警官達を眺めた。「うちの支局連中か・・・」

 「お疲れさん。なんかあったのかね?」と聞いたワトスンに対して近づいてきた巡査は「ええ。実はですね・・・」と顔を近づけてきて・・・スタンガンで気絶させる。

 「あんた、動くなよ。」ピストルに手を伸ばしかけた運転手に銃を突き付ける別の巡査。その巡査は運転手のピストルを抜いた。スタンガンを持った巡査がワトスンの隣の席に座ると同時に助手席の巡査は運転手に「車を出せ!」と命令する。


10分後 ブルノ―埠頭倉庫群

 「サツどもが来てる服は苦しくてならねえ。」と言いながら二人の巡査は警官の制服を投げ捨てた。その下からは何とデッド・ボーイズの印を掘った肌が現れる。彼らは偽警官であったようだ。

 「さてと・・・じじいには起きて貰わんとな。」と言って一人が椅子に縛られているワトスンに水をかける。ワトスンはびくっとして目を覚ました。「う・・・あっ・・・どこだ?」狼狽するワトスンに対してデッド・ボーイズ構成員は冷静に「あんたに聞きたいことがあるんだ。」と告げる。ワトスンは状況が呑み込めて来たらしく、冷や汗を流しながら凄む。「おい!ギャングどもだな?この街のゴミめが・・・で、私に何の用だね?早く釈放しないと君たちは痛い目を・・・」「うるせえ!」蹴りが飛び、ワトスンはうめいた。「質問させろや!くそじじい!」今度は強烈なパンチ。ワトスンは一瞬で態度を変えた。「すまない・・・質問してくれ。」「ああ・・・」そう言いながらギャングの顔がぐっとワトスンに近づく。

 「あんたがマーダーストームの捜査を妨害する理由を教えろ。」それにワトスンの目が見開く。「なぜ知っている・・・」「いいから質問に答えろよ!」ワトスンはすっかり怯えて「分かった・・・」と言って答えた。「捜査妨害するように命じられたんだ、パークスマン上院議員に。」その言葉に少し動揺するギャング二人。「マジかよ・・・あの前交通大臣か・・・」「そ、そうだ。私は彼に圧力をかけられたんだ。できれば捜査を停滞させて欲しいと。」「ふうん?分かった。」「あの・・・」「なんだ?じじい。」「実はそのパークスマン先生との食事会があるのだが・・・」「知るかよ。だが安心しな。俺たちのボスはあんたを生かすように言ってる。釈放してやる。だが妙な真似はするなよ。もしデッド・ボーイズに復讐しようもんなら評議会が警察との密約の内容を世間に明かすらしいからな。あんたが許可したと言ってな。」「わ、分かった。何もしないよ。」「ああ、帰りな。だけどな、あんたの運転手、しばらく起きねえぜ。気絶させちまったからな。」


 もうひとりのギャングは尋問に使用した倉庫の裏手で電話をする。「デボンさんかい?喜べ。あんたは恐らく初めて大物と対峙するだろうよ。前交通大臣のパークスマン上院議員は知ってるだろ?奴がワトスンに圧力をかけたようだぞ。」


翌日

 「くそ・・・」路地裏に転がる惨殺死体を見てラドクリフ巡査は歯噛みした。また犠牲者だ。前回の死体発見から一週間もたっていないうちにこれだ。例によって例のごとく乳首と目が切り取られている全裸死体だ。身元を示すものは付けていないが、同僚の捜査によると2ブロック離れた場所に拠点を置くデリヘルの店に勤める女であるようだ。

 「好き勝手しやがって・・・」と怒りをあらわにする臨時捜査本部長のマーカス部長刑事。「早くこの凶行をした下衆をつかまえねえと・・・おい、ラドクリフ。今デリヘルの店の店主を読んだから話聞いてこい!」「はい、ただ今!」悲しみに沈んでいたラドクリフだが、マーカスの指示即座にパトカーに向かう。そこにデリヘルの店の店主がいる筈だ。

 「どうも、担当のラドクリフです。お悔やみ申し上げます。」うつむいている店主にラドクリフは静かに声をかけた。「どうも・・・」元気なく挨拶する店主。「このようなつらい思いをされているところ申しわけありません。確認いたしたいことが。」すると店主は顔を上げ、はっきりと言う。「何円で・・・手を打ってくれる?この事件をなかったことにしてもらいてえんだ。」「はい?」動揺するラドクリフ。「これがボスにバレたら・・・俺はどうしたらいいんだよ!」店主は店の従業員が殺されたせいで取り乱しているようだ。しばらく落ち着いてから話を聞こう。しかし男は言う。「くそ!あんたは金には興味はないか。じゃあいい、真実を全て話すから連邦警察に身柄を送ってくれ。頼むぜ!そこでは証人保護プログラムがあるからな・・・」男の目は以上なまでに恐怖を折らわしていた。「あんた・・・何から隠れたいの?」おもわずラドクリフは尋ねてしまう。すると店主は一気に話し始めた。

 「カルロスだよ!デッドボーイズの。奴は俺のボスだが残忍だ。俺の同業者は奴に耳を切り落とされた後に燃やされて発狂しながら死んだんだ!助けてくれよ。」「カルロスがどう関わっているんだ?」驚きながら質問を続けるラドクリフに店主は冷や汗を流しながら答える。「答えたら、保護してくれよ!じゃあ言おう。」そうして店主はおぞましい話をし始めた。


 カルロスの野郎はデッド・ボーイズの若手幹部で、店の経営を任せられてるんだ。バー、裏カジノ、ホストクラブ、モーテル、精肉店・・・なんでもござれだ。そのような店の中の一つに俺の店がある。デリヘルだよ。元々は実動部隊だった俺だが、ある時カルロスの前の奴からデリヘルの店を任せられたんだ。あんたらも知ってる奴で、今は塀の中にいる奴だがな。そいつが店の権利を持っている時は金に困る女どもを雇ってデリヘルの仕事をさせていた。闇金業者などから斡旋されるんだ。だがな、カルロスがボスになってからやり方が変わった。奴は闇金業者を始めとする斡旋業者に払う金をケチった。女を自分から手に入れるようになったんだ。どうやってかって?女子孤児院だよ。奴は女子孤児院をつくったんだよ。その中で少女たちは魅力的な体つくりと男が満足する性行為のやり方を叩きこまれる。対して美人でもねえデッド・ボーイズ構成員の愛人共が講師だ。さらにな、カルロスは何人かの少女については誘拐させていた。その少女たちも孤児院に入れさせられたんだ。で、成長してすっかり商売女になった孤児院の女どもは・・・俺のやっているような店に派遣されるんだ。他にもいくつかキャバクラとかたちんぼを締めているグループとかあったがよお、全部デッド・ボーイズの関係者だよ。俺の店の女たちは皆男に奉仕するために鍛えられたんだよ。


「なるほど。で、そのうちの一人があの被害女性だというわけか?」「あ、ああ・・・そうだ。奴が作り上げた作品をマーダーストームの奴、壊しやがった!俺が責任を取らされる・・・」ラドクリフは思わず言っていた。「いいぜ。お前を連邦警察に紹介してやる。その代わり、全面的に協力してくれ。俺は・・・デッド・ボーイズを追い詰めてやる。」ラドクリフの怒りに満ちた決意の声であった

た。                              

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