7.屋根裏のクリスティアナ
「屋根裏ぁ⁈ 見切りで行動したら大変なことになるぞ」
ダミアンが顔色を変えると呻くように言った。
ジュリアンも、これはよくよく考えねばならんと思った。
さもありなん。
このカレイジャス公爵家の王都邸宅は広大な敷地面積を誇る。その敷地内で『屋根裏』をもつ建物が全部でどれだけあるのか。
それなりの広さのある本館、ふだん公爵一家の住居部分のある棟、執務棟、迎賓の棟。
講堂、大ホール、礼拝堂、住み込みの使用人たちが住まう棟、通いの使用人たちのための棟。
カレイジャス公爵家直属騎士団の住居棟、執務棟、屋内稽古場……などなど。
さらに用途別の倉庫もあちこちにある。
それらすべてを合算するととんでもない数の「屋根裏」が存在するのだ。
その数を考え気が遠くなる。「見切りで行動したら大変」と発言したダミアンは正しい。
しらみつぶしに捜索するというわけにはいかない。建物によっては五階建ての棟もある……。わざわざ屋根裏まで上り収穫が無かった場合のダメージは大きそうだ。
一番有効な手段は人海戦術であるが、今回その手は使えない。
使用人から騎士団員まで入れれば、人海戦術で使える人手はたっぷりとある。けれど、これはあくまでも自分たちの手で成し遂げねばならない【ゲーム】なのだ。
カレイジャス公爵夫人クリスティアナの意図を知るための……。
メッセージカードが指し示すのはどこの屋根裏なのか。
決め手はなにかないかと、子どもたちと額を寄せ合う。
「今までの傾向でいうと……人の出入りがあまり多くない場所、よね」
「うん。通りすがりのなにも知らない使用人が封筒を撤去しないよう、人目を忍ぶ場所が多かったな」
エリカの問いかけにダミアンが応える。
メッセージカードを隠したであろう人物、ジャスミンのひととなりも子どもたちは熟知している。
母に付き従った、黒髪をきっちりと結い上げた物静かな女性だ。
「でもさぁ……屋根裏って本来、あまり人が出入りしない場所……だよね?」
ハーヴェイの無情な、でも至極当然なことばに三人が揃って渋い顔をする。
いつも眉間に皺を寄せいているジュリアンと同じような表情である。
「クリスティアナって母上の名前だけど……それ以外の意味が隠されているのか?」
「【屋根裏のクリスティアナ】……屋根裏にいるお母さまってこと? なんかピンとこない取り合わせね」
「母上が身罷られた家の屋根が、可能性としては一番高い……かなぁ?」
「最期に使ってらしたあの家のこと?」
「あそこは母上の趣味の家だから、なんかある……かも?」
本館の裏手にいつの間にか建てられた木造二階建ての住居があった。
ジュリアンから見ればこぢんまりとした造りの家は、平民の一般住居と同じ大きさ。ここ最近の公爵夫人が好んで入り浸っているとジュリアンも報告を受けていた。
――彼女はそこを終の棲家としていた、ということらしい。
「あるいは公爵夫人専用の倉庫とか?」
歴代の公爵夫人が使用していた衣装や装飾品、私物などが遺品として保管されている倉庫は、歴史的価値も金額的価値も高い品が整然と陳列されておりほぼほぼ宝物庫と同じ扱いである。
「あそここそ、ふだん人が出入りしない場所ではあるけど、その分警備も厳重だし鍵もしっかりかけられてるわよ」
「でもジャスミンはそこの鍵、持ってるよね? 公爵夫人専属侍女で侍女頭だもん」
子どもたちが揃ってうーんと言いながら首を傾げたとき。
彼らの会話を黙って聞いていたジュリアンが口を開いた。
「そもそもこのカード、クリスティアナの筆跡ではない」
ジュリアンのそのことばに子どもたちは揃って父親を見た。
いつものとおり眉間に皺を寄せた不機嫌そうな顔のまま、彼はじっと手元のカードを見ていた。
「今までのカードは、昔おまえたちが領地の本邸宅で暇を持て余していた時に、クリスティアナが企画したゲームで使用していたもの……だったよな? この屋根裏を指定したカードに見覚えは?」
父のことばにしばらく考え込んだあと、お互いの顔を見合わせた子どもたち。
代表して口を開くのは長女のエリカである。
「それは初見ですわ。そして、たしかにお母さまの筆跡ではありませんね……よく似ていますが、それはジャスミンの筆跡です」
新しいカード。
王都邸宅で用意されたカード。
今までの指令は、領地の本邸宅でもここ王都邸宅でも通用した。なぜなら庭も厨房も図書室も遊戯室も、同じ設備が揃っているからだ。
だがこのカードは新しく用意されたもの。
この王都邸宅にしかない場所を指定している。
ジュリアンは考えた。
王都邸宅にしかない【屋根裏のクリスティアナ】の意味を。
屋根裏。
屋根裏部屋。
ふだんは使用されない場所。
使用頻度の低いものを保管する場所。
……若いころのジュリアンが秘密基地と呼んでいろいろな物をしまい込んだ場所……
【屋根裏のクリスティアナ】
「思い出した‼」
突然叫んだジュリアンに子どもたちは瞠目した。
だがジュリアンに彼らを慮る余裕などない。
思い出したからである。
この王都邸宅の、“あの場所”にいるのだと。
【屋根裏のクリスティアナ】はここにしかいないのだ。領地本邸宅では絶対に存在しない。
ジュリアンは明確な目的地へ向け、わき目もふらず走り出した。
子どもたちの自分を呼ぶ声に応えることなく。
「なに? なんなの?」
「分かんないけど、父上になにか思い当たることがあるってことじゃない?」
「僕らも行こう!」
ジュリアンが向かったのは、彼が幼いころ与えられた小さな家屋。本館から離れた裏の森の中、ひっそりと建てられた小さな木造の家屋。そこを彼の遊び場として使用していた。
まだ子どもだったころ、彼が秘密基地だと呼んでいろいろな物を持ち込んだ場所。
大きくなるにつれ足は遠のき、やがて捨てられない物やいつまでも保存しておきたいと思う物をそこにしまい込んだ。
その中でも特に【思い入れのある物】をしまったのが屋根裏であった。
【屋根裏のクリスティアナ】を指し示すのはアレしかない。
だが疑問もあった。
【アレ】があることを、なぜジャスミンが知っていたのか。
ジュリアンを子どものころから知っている古参の使用人ならばいざ知らず、結婚してから公爵家の使用人になったジャスミンが【アレ】の存在を知るはずがない。
結婚式のまえにしまいこんだ【アレ】。
上級使用人であるジャスミンが軽々しく出入りする場ではないはずなのに……!
到着した小屋の前で、子どもたちはそれぞれ感想を述べている。
「わたくし、こんなところに小屋があったなんて知らなかったわ」
「ここは森の物置小屋って聞いていたけど。森番の管理室だと」
「へぇ……。母上の趣味の家より小さいけど、平民の家屋だったら十分な広さの家だね」
「ここを使っていたのは幼いころの私だ」
ジュリアンがそう呟きながら扉に手を触れる。その途端、扉がゆっくりと内側から開いた。同時に扉を開けた人物もその姿を現した。
「ポール! なぜおまえがここに」
そこにいたのはカレイジャス公爵家の家令ポール・スチュワード。
代々カレイジャス公爵家に勤め、彼の父親もジュリアンの父である前公爵に仕えた。十歳ほど年上で幼いころのジュリアンをよく知る人物である。
「覚えていただけたようで、なによりです」
そう言ってポールは頭を下げた。
彼の言う“覚えていた”のはポールのことか、それとも【屋根裏のクリスティアナ】のことか。
眉間の皺を深くしたジュリアンに対し、ポールは慇懃に通路を開けた。