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6.子どもたちの過去を垣間見る

 


「見つけた! ……けどジャスミン! これは手抜きっていうものだと思うわよ!」

「そうだねぇ。これみよがし、だねぇ」

「ここにいない人に文句をいっても仕方ないよ姉さま」


 本気で【宝探し】を楽しんでいたのだろう、ジュリアンの子どもたちが口々に文句を言う。

 この貯蔵室の扉を開けてくれたフットマンの肩が微妙に揺れている。……笑いをかみ殺しているらしい。

 それもそのはず、食料品貯蔵室(パントリー)の扉を開けてすぐそばにある棚に、俺を見ろとばかりに黒いフライパンの上に乗ったブレッド(堂々と一本分)があったのだから。


 この場では紛れもなく違和感を放ち存在を主張していた。

 ここにお目当てのものがありますよ、と言わんばかりに。


 この食料品貯蔵室は半地下で薄暗くひんやりとした場所にあり、長期保存する食料品の貯蔵室であった。大きな木箱や樽のなかには芋や玉ねぎなどの食材があり、棚には缶詰や瓶詰の食品がずらりと並んでいる。

 その場所に、本来はすぐ使い消費されるだろうブレッドが、ここにはないはずの黒いフライパンの上に置かれているという異種族な組み合わせが異彩を放っていたのだ。怪しいなんてものではない。エリカでなくとも手抜きだと不満を持つのは当然かもしれないと、こっそりジュリアンは考えた。

 これを目にした直後、ジュリアンも脱力したからよく分かる。


 とはいえメッセージカードを隠す側の立場になれば……とジュリアンは考えた。

 第三者の出入りが希薄な場所が望ましく、『厨房』のなかで該当箇所というなら貯蔵室(ここ)であろう。

 そして貯蔵室をゲームごときで荒らされたくはないだろう。

 料理人の矜持があるならば、たとえ雇用主一家であろうと迷惑だと思うはずだ。

 ならばはっきりと分かる形で置き、早々の退場を願う……しかなかったのではと思った。


 それに、探す手間も省けたしどうでもいいじゃないか、とも。


 思ったことをそのまま不用意に口にすると、センシティブな女性の機嫌を損なうおそれがある。ジュリアンにはその辺りの判断がいまだにつきかねるので、眉間に皺を寄せたまま沈黙を守った。娘といえど、女性を怒らせるという悪手は避けられるなら避けるべき。

 ジュリアンの信条である。




 エリカはプリプリと文句を言いながらフライパンを持ち上げようとしたが、思いのほか重かったらしい。持ち上がらない。

 彼女の左右から双子が笑いながら手を伸ばし、それぞれフライパンとブレッドを持ち上げた。


 次のメッセージカードが入った封筒は、ブレッドを取り除いたフライパンの上にあった。





「これさあ、ジャスミンの想定としては、僕らが最初に配膳室へ行ってその場にあるブレッドやケーキやお皿なんかをいろいろひっくり返して、でも見つからなくて、次に調理場へ行ってお鍋やフライパンを片っ端から検分しても見つからなくて、最後に貯蔵室へ行ってアレを見つけてがっかり脱力『ここだったのかぁ!』……って図を狙ってたのかなぁ」


「まっさきに貯蔵室に来てアレにがっかりしたわよ!」


「あー! あの後のことまで思い出したー! ぜーんぶひっくり返してジェロームを困らせたあとで爺やにこっぴどく叱られたこと! ってゆーか、なんで忘れてたんだ俺」


「あー。僕も思い出したー。怖かったよねぇジョルジュ。おかあさまが取りなしてくれたけど」


「取りなすと言っても、一頻り叱られてるわたくしたちをニコニコと観察なさってたわよ。ジョルジュを止めないのねってショックだったこと、よく覚えているもの。

 わたくしたちは、あれで使用人のエリアに突撃したり、彼らに迷惑をかけてはいけないってことを学んだんだったわ。分を弁えなければって」


「あぁ。母上が教えてくださった。俺たちは使用人を使う立場の人間ではあるけれど、命令するばかりではだめだって。彼らの生活や仕事を尊重し、邪魔してはいけないって」


「失敗から学ぶこともある。むしろ失敗したときこそ成長のチャンス……だったかな。母上に言われたよね。若いうちは失敗してどんどん叱られろって」


「普通の親はうまくやれとか成功させろ失敗するなって言うんだって。学園に行ってから同級生に聞いてびっくりしたからなぁ」


「お母さまの教育方針だったのよ。お陰でのびのび育ちましたわ」


「勉強もしたけど、いたずらや遊びもいっぱいやったもんね」


「でもフライパンの上に直接ブレッド乗っけたあのおオマヌケな姿なんてお初にお目にかかったわよ? 記憶にないもの」


「うん。これは王都宅オリジナルだ」


「いやよこんなオリジナル!」




 仲良さげに和気あいあいと話すジュリアンの子どもたち。

 もう成人した彼らだが、幼少時にどのように過ごしていたのか。彼らの会話の端々から窺い知ることができた。


 ジュリアンは彼らの後ろ姿を、じっと黙って観察した。

 ほんの少しだけ、羨望の思いを抱きながら。


 ジュリアンの幼年期には、叱られた記憶も失敗した思い出もない。

 なんでもそつなくできる子どもだったし、彼の身分を思えば叱るような人間もいなかった。

 クリスティアナのように愛溢れる人間から叱られてみたかったと、ちょっとだけ思う。


 子どもらの会話の中に時折り現れる『母親』の姿をした妻を、ジュリアンは知らなかった。





 フライパンの上で見つけたメッセージカードには

【温室の青いバラ】


 その次は

【図書室のジョージ・カレイジャス】


 その次は

【遊戯室のナインボール】


 などなど。みごとなまでに、カレイジャス公爵家の王都邸宅内の至るところを走り回らされた。

 いや、走り回る必要はなかったかもしれない。

 だが子どもたちが我さきにとばかりに駆けていくのだ。同行しているジュリアンもつられて走ってしまう。しかも彼らにとっては、幼少時にカレイジャス公爵家の領地本邸宅で同じものをやった記憶がある。

 謎の解き方も心得ており、彼らはつぎつぎにメッセージカードを発見していく。


 例えば【図書室のジョージ・カレイジャス】

 ジョージ・カレイジャスとはカレイジャス公爵家の初代当主である。図書室には彼の肖像画も掲げられているのでその裏側にでも隠されているのかと向かえば、子どもらがそうじゃないと主張する。

 図書室の、とわざわざ明記してあることに意味があるのだと。

 図書室にあるのは、歴代の当主たちが所蔵してきた出版物。そのほかに歴代の貴族名鑑も保管されている。

 そこにある我が国の歴史上、初出版された貴族名鑑を探せという指令なのだと。


 子どもたちの指摘どおり、貴族名鑑の第一刷巻を開けば次の封筒が挟まれていた。


 思えば初代当主の肖像画など、邸のあちらこちらに掲げられているし肖像画の裏側なんて子どもでもすぐに探しだしてしまうだろう。

 それでは謎にならない。

 さらに、幼い子どもたちに貴族名鑑を苦手意識なく開かせる良い手でもあると思えた。(ちなみに、第一刷巻の一ページ目が初代カレイジャス公爵ジョージの紹介ページである)


 クリスティアナは一時期、静養と称して領地に子どもらとともに滞在したときがあった。そのときにも、彼女は無為に過ごしていたわけではなかったのだなとジュリアンは思い至った。

 そしてどうやら彼女は遊びのなかに学びを混ぜるタイプだったらしい。


 ジュリアンはそんな彼女をまったく知らなかった。




 たいした苦もなくやすやすとメッセージカードを探し当ててしまう子どもらであったが、ついに「ちょっと待て」と、戸惑いと忌避を示す声をあげるカードに出くわした。


 そのカードに記された指令は【屋根裏のクリスティアナ】

 ジュリアンは子どもらとともに目を剝いてカードを睨みつけた。



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