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2.余命宣告?

 

 

「おまえたち、なにを言っているんだ!」


 ジュリアンはカッとなって叫んだ。

 もう演技はいらないだと?

 自分の涙はすべて演技だと思っていただと?


 息子たちのことばを聞き怒りを顕にしたジュリアンに対し、長女エリカがつんと澄ました顔で応えた。


「さすがお父さまです、政治パフォーマンスに涙まで使われるとは。感服いたしましたわ。有能な方はここまでなさいますのね。でもわざとらしいので逆に苛つきますの。いい加減にしてくださいな」


 エリカは亡き妻によく似た美貌を不愉快だと言いたげに歪めていた。

 息子たちも同じような表情でジュリアンを見下ろしている。


 子どもたちはだれもかれも、ジュリアンの涙はただのパフォーマンスだと言い切った。

 ジュリアンは愕然とした。


「いい加減にしろというのはおまえたちのほうだろうっ!」


 揃いも揃って母親の死を悲しむようすすら見せず、淡々と振る舞う子どもたちの態度が信じられない。

 彼らはみな母親を、クリスティアナを慕っていたのではないのか?

 たったひとりの母親の死に、心を動かされたりしないのか?


「なぜだれも涙を見せないのだ? エリカ! おまえはあんなに母親べったりだったくせに、悲しいとは思わないのか? ダミアン! ハーヴェイ! おまえたちもなぜそんなに淡々としていられるのだ⁈ たったひとりの母親だというのに、そんなに冷たい態度でいられるのか⁈」


 ジュリアンがそう問い詰めると、子どもたちはお互いの顔を見合って気まずそうな表情になった。

 そしてなにか押し付け合うような態度をみせたあと、長女エリカが咳払いして口を開いた。


「お母さまの死が悲しくないわけありません。でもわたくしたちは覚悟をしておりましたから、いまは冷静でいられるのだと思いますわ」


「……覚悟?」


「三ヵ月ほどまえには聞いておりましたの。お母さまが病魔に侵されもう長くないということを」


 え? 病魔?


「俺たちは二ヶ月ほどまえに聞いたかな」


「うん。余命宣告を受けてるってジャスミンから聞いた。あのときは……泣いたな」


 ジャスミンというのは、クリスティアナの専属侍女のことである。

 結婚まえの伯爵令嬢時代から彼女に仕え、公爵家に輿入れしたときにも付き従った。クリスティアナよりも二歳ほど年上で、今では公爵夫人の信任篤い侍女頭でもある。


 子どもたちは侍女(ジャスミン)から聞いたというが……ジュリアンは聞いていない。

 病魔? 余命宣告?

 なんということだ。どのことばも寝耳に水であった。


「っていうか……俺たちが聞いたころには、母上は寝てる時間の方が多いくらいだったんだけど。父上がどうして知らなかったのか、不思議でしかたないよ」


「姉上がほぼ毎日公爵家(うち)に通っていたし、なんなら泊まり込みまでしてたし」


「いやいや、父上が姉上の里帰りなんて知ってるわけないじゃん」


 双子が肩を竦める横で、長女が仕方ないと笑った。


「お母さまは、お父さまに弱ったご自分を見せたくなかったみたいよ。()()()()()()、お父さまがお帰りになったときには特に気丈に振る舞っていたってジャスミンから聞いているし。ここ三ヵ月はお父さまも多忙で、ダンの結婚式のときしかこの国にいなかったくらいですもの。ご存じでなくて当然だわ」


「そういえばそうだ。外務大臣職の多忙な父上が知るわけないか」


「うん。僕たちのこともよく知らないかただもん」


 三人が三様の仕草で肩を竦める。

 まるで、父親の態度にはとうに匙を投げているのだと言わんばかりであった。


 たしかに、ジュリアンは今まで妻や子どもたちと関わってこなかった自覚がある。

 だから、なのか。妻が余命宣告を受けたことすら知らされなかった理由は。

 でも、彼はクリスティアナの夫なのだ。

 そんな大事な話を聞かされていなかったなんて……。


 顔には出さないまま内心で愕然とするジュリアンに、エリカが不信感たっぷりな瞳を彼に向け言った。


「というか……お父さま。もしかしてもしかすると、なのですが……本当に、演技でなく、お母さまの死を悲しいと思っていらっしゃいますの?」


「あたりまえだろっっ!!」


 エリカの恐る恐るといった体での質問にカッとなって叫んだが、


「嘘だっ!」


 次男(ハーヴェイ)が即座に怒鳴り返した。


「僕は信じないよ」

「あぁ。俺も信じられない。パフォーマンスだって言われるほうがよっぽど納得する」


 なんということだろう。

 子どもたちはジュリアンの気持ちが信じられないというのか。


「おまえたちこそ、知っていたのなら……!」


 なぜ、ジュリアンに知らせてくれなかったのだ。

 大切な妻が病気だったなど、彼には初耳なのである。

 だが、ジュリアンにはそれよりもさらに怒りを覚える事象があった。


「なぜ、クリスティアナを大学病院なんかに運び込んだ! クリスティアナの遺体にメスを入れさせた! クリスティアナを玩具にしたかったのか! なんて酷いことを!」


 死の間際まで付き添っていたのなら、そのまま静かに神の御許へ送ってあげればよかろうものを!

 よりにもよって大学病院だなんて、新興の得体の知れない集団に公爵夫人を預けるなんて!

 頭が良いだけの神をも畏れぬ狂信者どもの集まりだ。

 遺体にメスを入れられ臓器をごっそり抜かれ、研究材料に成り果てるなんて!

 カレイジャス公爵夫人に対し奉り、なんという不敬!

 身体の一部を失くしたままでは安らかな眠りなど訪れないではないか!

 なんと憐れなクリスティアナ!


 クリスティアナ危篤の報を受けたとき、ジュリアンは外交で隣国を訪れていた。

 慌てての帰国途中、彼女の訃報を受けた。帰国したときにはすべてが終わったあとだった。

 妻の死に立ち会うことも、彼女の遺体解剖に反対することすらできなかった。

 たいせつな、愛する妻の遺体をみだりに弄ばれ、憤らない者はいないであろう。


 けれど。

 ジュリアンの怒りに対し、子どもたちはお互いを見合ったあとやれやれ仕方ないなといった風情で(ため息すらついていた!)父親を見た。

 そしておもむろにエリカが口を開く。


「でもそれ、お母さまご本人の遺言ですもの」







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