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◆
はー。
康太は昼休みに大きなため息をついてデスクに突っ伏した。
スマホには花梨からのメッセージが来たところだ。
今日は仕事が忙しいのでパソコンをいじりながらおにぎりだ。隣の同期も同じくである。
「おっ噂の彼女からか?」
同僚が揶揄い気味に聞いた。
「俺…彼女いること言ってたか?」
「みんな知ってるぞ。俺、何人の女子に本当かどうか確認してこいって言われたと思ってる。」
同僚は何を今更、という目を寄越した。
「俺…そんなに騒いでたか?」
今まで彼女のことを、というかプライベートなことを会社ではあまり話たことはない。
趣味のこととかも。じゃあ一緒に行きましょうよ!やりましょうよ!となると困るからだ。
「お前…周りの女どもがどれだけ泣いたか知らんだろう。」
冷たい目線を寄越してくる同期に曖昧に笑った康太は、心の中でもう一度ため息をついた。
彼女を一言で表すと『かわいい』だ。
彼女はかわいい。惚れたよく目とか、彼女だからとか、そういうのを抜きにしてもかわいい。
だが康太はぶっちゃけ容姿はどうでもいい。
どうでもいいというか、昔から言い寄ってくるのは自分に自信のある女性ばかりだったから、美人や可愛い系の女子が多くて、もはや見慣れている。
でも彼女だけは違ったのだ。彼女の周りは輝いて見えた。彼女が笑うと空気がキラキラして、触れたいような、このままずっと見続けていたいような、そんな気持ちになったのだ。
…だからだろうか、手にしか触れたことがないのは。
会うのはいつも公園。昨日初めて屋内に入ったくらいだ。
…いやー、昨日のカフェは気まずかったな。
おかしいだろう。付き合い初めの男女が、彼女の家にも行かず、自分の家にも招かず、どこか二人きりになれるところにも行かず、アホみたいに毎回公園で会っているなんて。
春先は日中は暖かいが夕方は冷える。女子には日焼けもNGだろう。さらに今の季節は花粉がガンガンに飛んでいる。なのに、公園。
なぜ、公園?
なぜ??
頭に靄がかかったように、それ以上は頭が働かない。花粉が、恋が、だめだ、花粉はなくなっては——
ばちっ
康太は虚になっていた目をぱっと開いた。電車で居眠りしていたような、半分起きていて半分寝ているような状態だった。
やべーな、寝不足かな。花粉の時期は夜中に起きてくしゃみの連続だったからな。
…とりあえず今夜は早く寝よう。寝て、起きて、ちゃんとに朝飯食って、それから考えよう。
康太は初めて花梨のメッセージを既読スルーした。『今度もう一回会いませんか?』というメッセージに、ああ、今度ということは今夜は会わないんだなとか、遠慮がちな敬語とか、彼女との間にできてしまった距離をどう捉えればいいのか分からなかったのだ。
◆
花梨は仕事帰りにいつも二人で来ていた公園のベンチに座って、ぼうっと周りを眺めていた。手には開けていないホットコーヒーの缶を握っている。なんとなく手持ち無沙汰で買ったけど、飲む気になれずすっかり冷めている。
康太とはぽつぽつと連絡を取ってはいるが、カフェに行った以来直接会ってはいない。
電話もしてみたが、今更『苗字は?』『趣味は?』などと聞けるはずもなく、当たり障りのない会話をして終わった。
よく考えたら、同じ会社なわけでもない、近所でもない、職種も違う、趣味も知らない、学校が同じでもなさそうだし、『好き』以外の共通項目がないのに、それが揺らいだら何が残るのかな?
学校の友達はクラスとか部活が同じだから仲が良かったわけで。
会社の同僚はオフィスが同じだから話すわけで。
毎日たくさんの人とすれ違うけど、その人たちと接点はなにもない。
劇的な出会いをした私たちの恋は、もう燃え切ってしまったのだろうか。
はあ。
寂しいな。康太と手を取り合って、目を見つめあって、愛を語らったあの時間が愛おしくて、痛くて、バカみたいで、切なくて。
…でもやっぱり逢いたい。康太はもう私と会いたくないのかな。飽きられちゃった?私が飽きた?本当に逢いたい?
…分からない。考えれば考えるほど、すべてに靄がかかったようで、掴みどころのない思いは手を伸ばすとするりと逃げていく。
花梨はふるっと震えた。風が吹いてきたようだ。さすがに日が沈むとまだ肌寒い。
花梨は公園の時計で時間を確認すると、ふらりと立ち上がった。向かうは馴染みの店だ。