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「席取っといてくれる?」
「うん。」
康太は花梨がきょろきょろと周りを見渡して、席に座ったのを見ながら、オーダー待ちの列に並んだ。
「あっ!ねえ!ねえ!」
後ろで若い女の子の甲高い声が聞こえた。
「あっ!あれ公園名物の好き好きカップルじゃない!?今日はカフェなの?」
一応声のボリュームを押さえているらしいが、丸聞こえだ。
や、別に盗み聞きしているわけではなくて。
「なにそれ?」
もう一人が返す。
「公園でずっと好き好き言ってるんだよ、ずーーーっと。」
「そうなの?この…あの…前の人?」
くすくすと笑う声が聞こえる。
「最初はドラマの撮影かなんかかと思ったんだよ、だってかっこいいし、かわいいし。でもドッキリな感じでもないし、ずーーーーっと好き好き言ってて。周りに撮影してる人もいないし。」
「へぇ、そうなんだ。てかあれ?なんか駅にもそんなカップルがいるってお兄ちゃんが言ってたけど。ちょうど仕事帰りくらいの時間に駅のホームでずっと好き好き言ってるんだって。同じカップルかな?」
「バカっ!聞こえるって!」
話しているうちに声が大きくなったことに気づいたらしい。
きゃきゃきゃ
くすくす
………。
…俺らのことじゃないよな?まさかな?他の、どっか他の客だよな?
「…いらっしゃいませ!」
声が聞こえていたのか、バリスタが少し居心地悪そうにしている。
「あー…カフェラテ2つください。」
康太も気まずくなる。下を向きながらぼそぼそとオーダーをすると、康太はそそくさと移動した。
カウンターでオーダー待ちをしていると、女子高生だったらしい二人組が、チラチラとこちらを見てくすくす笑っている。
いや、ほんと。人違いです。
「ごめん。お待たせ。」
康太はドリンクを置くと、席に座った。
「ううん、ありがとう。あっお金。」
「いいよ。」
「ありがとう。」
二人は温かいラテを口にした。
「………」
「………」
沈黙がなんとも痛い。
◆
花梨はカウンターでドリンク待ちをしている康太を見つめた。
スラリと高い身長。ぴしっと伸びた背。小作りの顔は整っていて、周りの女性客の視線を集めていながらそれを涼しげに流している。
見られることに慣れている感じだ。
うん、かっこいい。
かっこいいんだけど…
キラキラしてないな。
普通の人って感じ。
や、普通の人なんだけど。
あれ?モデルとかタレントとかじゃないよね?
そんなこと言ってたっけ?
そんなこと話したっけ?
はて、と考えているところで、康太がドリンクを持って来た。
「ごめん。お待たせ。」
康太はドリンクを置くと、席に座った。
「ううん、ありがとう。あっお金。」
「いいよ。」
「ありがとう。」
二人は温かいラテを口にした。
「………」
「………」
なんか、あれ?いつも何話してたんだっけ?
共通の趣味とか?
…趣味の話なんてしたことないな。
好きな野球チーム?
…野球好きなんて聞いたことないな。
家族のこと?
…家族構成は知らないな。
仕事のこと?
…勤め先知らないな。
え。この人ダレ?
花梨はまじまじと康太を見つめた。康太は視線が定まらないようにそわそわしている。
ドリンクを飲み終わると、その日は気まずい感じで別れた。