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「カップスープがありましたよ。俺らの非常食っす。どうぞ。」
真島は2人の前のコーヒーテーブルにコーンスープを置いた。ほかほかと立つ湯気に誘われるように、花梨はカップをそっと持ち上げた。
あったかい。手、冷えてたんだ。
花梨はカップを両手で持つと、ふーふーと息を吹きかけた。顔に蒸気が当たって気持ちいい。
「ありがとうございます。いい匂い。」
「花梨。」
康太が花梨を制して首を振った。
「あっ!変な物は入ってないっすよ!ただのインスタントのスープっす。俺の好きなメーカーのやつ。」
真島はキッチンからコーンスープのパッケージを持ってきて2人に見せた。その様子をじっと見た康太は、俺が先に飲むから、とスープを口にした。
飲んで、微妙な顔をする。
「…どうしたの?」
花梨は心配げに聞いた。
「ごめん、俺、もしなんか入ってても違いが分かんないわと思って。」
花梨は思わず笑った。
「大丈夫。私もきっと分かんないから。せっかくだから頂こう?」
花梨はスープをそっと口にした。クルトンがサクサクしている。
うん、私はコーンよりクルトン派。美味しい。甘塩っぱい味が、喉を通り抜けて体の中に入っていく。
2人はしばらく無言でスープを飲んだ。
1人掛けのソファーに座った真島は、2人の様子を穏やかに見ている。
「じゃあ、手当てしましょうか。」
2人がカップを置いたのを見た真島は、救急箱から消毒液、湿布、包帯を取り出した。
「まずはその額ですね。血は止まってますね。よかった。」
「あっ!私やります!手洗ってきます!」
花梨は慌てて立ち上がった。
「廊下の手前側のドアが洗面所っすよー。」
はーい!と返事をした花梨は、洗面所の前に立つと、自分の顔の酷さにびっくりした。
髪はボサボサ、目の下にはくっきりとクマができていて、当然と言えば当然だが、残念なことにおでこも鼻もテカっている。
ファンでは見る影も無いほどにヨレているし、散々泣いたからかアイライナーが目の周りに滲んでいる。
…サイアク。ひどい。命の危険から帰ってきたにしては小さい悩みかもしれないけど、この姿はひどい。無事でいられて嬉しいけど、人間の悩みは尽きないものね。
花梨はとりあえず手を洗うと、どうしたものかとため息をついた。
こんな姿で康太の隣にいたなんて。笑顔でいればすこしはマシに見えるかな?
花梨はにっと口角を上げてみた。途端に、ぴりっと唇の皮が裂けた。
「いったい!」
唇が乾燥していたらしい。下唇の真ん中から血が出てきた。
やらなきゃよかった…
「ゆっくりで大丈夫っすよ。俺、手当て得意なんで。戸棚の中に女の人が使うっぽい、いろんなもん入ってるんで、テキトーに使ってください。」
真島の声が廊下に響いた。
「ありがとうございます!」
花梨も大きな声で返した。
花梨は戸棚を開けると、中を漁らせてもらった。女性用メーカーのトラベルキットがある。化粧水、保湿液、洗顔フォーム、クレンジング。
どうしよう、すごく顔が洗いたくなってきた。洗顔フォームを見たからだ。幸い、カバンのポーチにはメイク用品は入っている。
こんなことしてる場合じゃないのに、と思いながら花梨はクレンジングのパッケージを破いた。
疲れてる時って、妙に細かいことが気になるもんよね。
他人事のように思いながら、花梨は状況の改善に努めることにした。