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   ◆


花梨たちが去った後。


「無事でよかったわ、花梨ちゃん達。ありがとね、魔安の方。」

目隠しの呪いを解いたサリナさんが悠々と部屋に現れた。

サリナさんの目は爛々と輝き、風も吹いていないのに髪の毛がふわりと舞っている。きっちりとルージュの引かれた口元は弧を描いているが、それは笑みというより捕食者が獲物を捕える時の余裕に近い。

「いえ、こちらこそ魔女の獲物を譲っていただいてありがとうございました。コイツは指名手配中だったんです。」

杉本はサリナさんの方を向くと、きっちり90度に頭を下げた。直接目は合わせない。花梨の目を見れなかったのとは違う理由で杉本は目を逸せている。

「そうなの。私の縄張りでオイタするなんて八つ裂きにしてやろうと思ったのに。でもいいわ。こってり絞ってくれるんでしょう?」

サリナさんはコテンと首を傾げた。何気ない仕草のはずだが、途端に部屋の温度が一気に下がった。

家中がピシピシと凍る音がする。カシャン!と鳴った音は隣の部屋の窓ガラスが割れた音だろう。

「も、もちろんです。」

杉本は足元から迫り上がってくる冷気に青ざめながらも、腹に力を込めて返事をした。気力で負けたら立っていられないからだ。

「じゃあ私は行くわ。あなた、次に私の近くに来たら命はないと思いなさい。」

サリナさんは白い塊を見ると、呪いを唱えた。

「ギェっ!」

白い塊から魔族の潰れる音がした。

「あの、あまり締めますと糸が解けてしまうので…」

杉本は張り付いた喉から声を懸命に絞り出した。


白い塊は心臓のポンプのようにギュッギュッと収縮を何度か繰り返すと、白かった糸はどす黒く染まった。その度に漏れる悲鳴は耳に入らないのか、サリナさんはそれを冷めた目で見ている。その様子を見ている杉本の腰は完全に引けている。この部屋から逃げ出さないだけでも肝の座っているほうだ。…いや、本音を言えば体が動かないのだ、逃げ出したいと思っていても。

「ふふ。じゃあね。魔安は好きじゃないけど、イイ男は好きよ。今度ウチのお店にもいらっしゃい。サービスしてあげるわ。」

サリナさんは杉本の頬を撫でると艶やかな笑みを浮かべた。急に縮められた距離に杉本はびくりと体を震わせる。

「はあ。ははは…」

杉本はサリナさんの足元を見ながら引き攣った愛想笑いを浮かべた。ぜってー行かねえと心の中で呟きながら。


「あ、そうだわ。この家もきちんときれいにしておいた方がいいわよ。主の魔女が帰ってきたらぷりぷり怒って呪われるわよ。」

「それはご勘弁を!」

杉本はさらに青ざめた。キレた魔女の呪いほど恐ろしいものはない。今、目の当たりにしたばかりだ。潰されるのは勘弁してほしい。魔族はいくら潰されても刺さされてもよっぽどの致命傷でない限り再生するが、人間はそうはいかない。

「まあ、いずれにせよ呪われるから少しでもご機嫌取りしておきなさい。」

サリナさんはそう軽く言うと、優雅に玄関から外に出て去っていった。


…呪われるのは決定事項なんだな…

杉本は遠い目をした。頭にはこれまで魔女に呪われてきた同僚の数々が頭に浮かんでいる。


一週間笑い続けた者(魔安研究所のおかげで一週間で済んだのだ。これ以上笑っていたら笑い死していただろう)。

外を歩けば鳥に必ずフンを落とされる者(外に出るのが嫌です!とコワモテが泣きながら出社拒否した)。

額に第三の目が開眼してしまい、イタイ人認定をされた者(バンダナで覆うと生地が第三の目に入って痛いらしい)。

魔女はよほどのことがない限り、命を奪うような呪いはかけない。ただ気まぐれな上に執念深いから、呪いがいつ始まりいつ終わるのか、何が起こるのか、全く予測不能なのだ。


杉本は自分の額を震える手で覆った。足は凍傷になっているし、頭痛もする。これからのことを考えるのを頭が拒否する。


すべてはこの魔族が悪い。こいつがクソ迷惑なことをするから。苛立ちをぶつけるように杉本は黒くなった塊を引きずると、ため息をつきながら移送の準備を始めた。花粉対策が後手に回ってしまったのは確かに魔安の過失だろう。罰は甘んじて受ける…いや、俺悪くなくないか?

まさか花粉に妖をかけるなんてアホなことをする魔族がいるわけないだろう、と鼻で笑った上司を説得したのは杉本だ。杉本は花粉が飛び始めた初期から警告を鳴らしていた。おかげで被害は最小に抑えられた。…その最小の被害がまさか魔女のお気に入りに当たるなんて、誰が想像できただろうか。


魔女と魔族、どちらがより厄介かというのは難しい問題だ。どちらも世界の必然の存在だからだ。なにが一番厄介かと言うと、どいつもこいつも、自分の中では理にかなった行動をしている、と思っていることだ。周りの迷惑など考えずに。


…まあ人間も大差ないか。

移送の準備が整った杉本は、ボロボロになった部屋を見渡してため息をついた。確かに窓枠を壊したのは杉本だが、家が凍っているのは魔女のせいだ。


…予算降りんのかな。

最近さらに厳しくなった経理を説得する算段をつけながら、杉本と黒い塊は消えた。

窓枠から吹っ飛ばされて転がったアヒルのおもちゃは、その様子を瞬きせずにじっと見ていた。

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