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ドンドンドン!
康太は壁を叩いてみた。
「花梨!花梨!」
康太の声も音も反響するが、あちら側には届かないようだ。花梨がこちらを振り向く気配はない。
くそっ
どうやら花梨はソファーに座っているようだ。ちょうどソファーの背面が康太の目の前にある。花梨の頭はすぐそこにあるのに、手を伸ばしてもとどかないもどかしさ。
部屋に男が入ってきた。手にはトレーを持っていて、トレーに乗ったカップから湯気が上っていた。男はそれを花梨の前のコーヒーテーブルに置いた。
二人は何かを話すと、花梨はカップを手に取った。
だめだ!飲んだらヤバい!
康太は全身で壁に体当たりした。
ダンっ!
花梨の体がびくっと跳ねて、花梨はお茶をこぼした。
「硬い!でも少し揺れたな?花梨、飲んでないよな!?」
康太が痛みに耐えながら壁に張り付いて部屋を見ると、ちょうど男が部屋を出て行ったところだった。
いまの隙だ。
「花梨!花梨!逃げろ!部屋から出ろ!」
康太は大声を出しながら壁を叩いた。ふいに、花梨が後ろを振り向いた。
花梨だ!花梨の顔を見て安心した康太はもう一度叫んだが、花梨は頭を振って前に戻ってしまった。
突然、花梨が立ち上がった。眩暈がしたのか、きつく目を閉じて頭を押さえると、壁に手をついた。
「花梨!」
康太は花梨の手に壁越しに自分の手を合わせた。
届け!届いてくれ!
康太の願いもむなしく、花梨は離れていく。花梨がドアの先まで行くと、そこに男が帰ってきた。
少しづつ後ずさる花梨を、男はニヤニヤしながら見ている。面白くて仕方ないという表情だ。
「花梨!逃げろ!くそっ!」
体当たりしても埒が明かないと思った康太は、暗闇の中を見渡した。
何か、何か武器になるようなものは!
なにもない空間だと思っていたが、どうやら物置のようなところらしい。手探りで使えそうなものを探す。
これは、棚か?さすがに動かせないな、くそ。本は…投げでもダメージにはならなそうだ。ダンベルとかないのか!?
草っぽい触感のものや、ホウキ、でっかい釜(デカすぎて動かせない)があるみたいだ。地面に大きな麻袋が置いてあった。結構な重量のそれを持ち上げると、穴が空いていたのか、小麦粉のような粉がこぼれて辺り一面に舞った。
「けほっけほっ」
康太は涙目で咳をした。全身がカッと熱くなる。
早くしないと!
康太が花梨の方を見ると、花梨の体を男が覆い被さっていた。
「このクソ野郎!」
康太は一番手の近くにあった椅子を掴むと、思いっきり壁にぶつけた。
ドン!!!!
壁が大きく揺れた。
「よっしゃ!」
康太は壊れた椅子の破片が額にぶつかったのには頓着せず、もっと投げられる物を探そうとして——
ガタン!
何かに体当たりされた康太は、棚に思いっきり叩きつけられた。
「かはっ!」
一瞬息が止まるくらいの衝撃だった。頭に星がチラついて、意識が飛びそうになる。
早く、助けないと。動け、動け。
花梨は今にも食われそうになっている。
動け。花梨!花梨!
康太が立ち上がったその瞬間——
ドォン!
ガシャン!
パリンパリン!
今までの比ではない大きな音がした。瞬きしている間に、男の体は部屋の端にふっ飛んでいった。
「な、なんだ…?」
康太は慌てて花梨の近くに寄った。花梨が見たことのない男と話している。男は警察官のような制服を着ていた。誰かが通報してくれたのだろうか。その時初めて、康太は自分も警察に連絡すればよかったのではと気づいた。
パニックになると咄嗟に思いつかないもんだな。今まで警察のお世話になったこともなかったし。
こんなユルい考えが思い浮かぶのも安心したからだ。花梨も先ほどより顔色がいい。真っ青だった顔に少し赤みが帯びている。
「花梨…」
康太は花梨を見続けた。この警察官もどきだって、本当に警察かどうかは怪しい。何かあったらすぐに攻撃できるように、康太は壊れた椅子を握りしめて成り行きを見守った。
部屋の端ではクソ野郎がぐるぐる巻きになっている。警察官が白いものを男に投げつけたら、でっかい芋虫みたいになったが、きっと警察の最新武器なのだろう。一般人には知られていないテクノロジー的ななにかだ、きっと。ぶっちゃけ花梨が無事であれば他のことはどうでもいい。でもできれば、俺も助けてほしい。声は届かないみたいだが、大声で叫べばなんとかなるだろうか。それとも、また椅子を投げつけるか。花梨に当たったら嫌なんだけどな。
そんなことをつらつらとよく回らない頭で考えていた康太は、一瞬だけ警察官と目があった気がした。次の瞬間、警察官は康太の頭上に拳銃を打ち込んた。