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   ◆


妖魔に手を引かれて着いた先は、こじんまりとした一軒家だった。木々に覆われた山の中にぽかりと開けた土地があって、そこにぽつりと一軒だけ家が立っている。レンガ造りの二階建てで、煙突がついている。煙は立っていない。窓からはアヒルのおもちゃ(よく風呂に浮かべるやつだ)が窓の外を見ている。花梨と目が合うと、アヒルがパチリと瞬きした…ように見えた。


え…?気のせいだよね?


ぼんやりとする頭で花梨は考えようとした。アヒルはおもちゃで、おもちゃは瞬きなんてしなくて…あれ、私なんで——


「着いたぞ。」

花梨の思考は妖魔の声で遮られた。


玄関の鍵はかかっていないのか、妖魔はドアを押して中に入ると、花梨をリビングルームに通した。人がしばらく住んでいないんじゃないかと思う匂いがした。


どれくらい歩いたのか、どれくらい時間が経ったのか分からないけど、なんだかひどく疲れた。


花梨はソファーに腰を沈めると、体を肘掛けに預けた。


「茶淹れてやるよ。貴重だぞ。5歳若返る。」

「はあ。」


声を出すのも億劫だ。花梨はぼおっとしながら室内を見渡した。


レースのカーテン。

花柄の壁紙。

天井には木製のファンが付いていて、2階まで突き抜けだ。

壁に飾ってある絵は季節の花や、かわいらしい動物が描かれている。


…ファンシー好き?

そういえば、ソファーカバーもレースがふんだんに使われている。


「ほらよ。」

いつの間にか戻ってきた妖魔が、花梨の前のコーヒーテーブルにカップを置いた。


花柄のカップ。ソーサーもセット。

ほかほかと湯気を出すカップの脇には、きちんとティースプーンが添えられて、角砂糖も二つ付いている。


お店みたい。

てか似合わない。


この大きな男が大きな手でお茶を淹れていると思うと、親しみが湧く。


くすっと笑って花梨はお茶を手に取った。

「ありがとう。」

お茶の香りをすうっと吸い込むと、花の甘い香りがした。

鮮やかなルビー色がカップの中で揺れている。


ダンっ!


「きゃ!」


どこからか大きな音がして、花梨はびっくりしてお茶をこぼしてしまった。


「ごめんなさい。」

「あー、大丈夫。今タオル持ってくるから。」


花梨はカップをソーサーに戻した。幸い火傷はしてないみたいだけど、ベージュ色のニットに染みができてしまった。


なんの音だろう?


花梨は辺りを見渡したが、特になにも落ちていない。


「…ん!…りん!」


康太の声が聞こえた気がして、花梨は後ろを振り向いた。

後ろは壁だ。何もないし、もちろん康太もいない。


…重症だわ。


ズキッ

こめかみが痛んだ。


花梨はズキズキとどんどん痛くなってくる頭を手で揉んだ。


今日は早く寝よう。疲れてるんだわ、きっと。最近いろんなことがありすぎてバタバタしてたから…

春は体調を崩す人も多いって言うけど、きっとそれは春の暴力的なまでの命の芽吹きに体も心もついていかないからだろう。豪快なまでに散り咲く桜。ぐんぐんと伸びる新緑。虫も鳥も活発に動き出す。きっと人間もそれに感化されている。

春は変な人も出てくるって言うしな。

花梨はくすっと笑った。


…あれ?なんで私ここにいるんだろう?

花梨はぱちりと瞬きをした。


何してるの?え、私、どこにいるの?

知らない人に、自分のこと妖魔だなんて言う人についてきて…

家の中に連れ込まれて…

のんびりとお茶を飲んでる場合じゃない。


ざっと血の気が引いた。


なにをやってるんだ!

帰らないと!早く!


花梨は慌てて立ち上がった。

とたんに、ふらりと眩暈がした。


やば、急に立ったから…


壁に手をついて目眩をやり過ごす。手に一瞬、なにか温かいものが触れた気がした。誰かの指先のような。


…指先?なんで?


目を開けて壁の方を見ると、もちろんただの壁だった。指がにょきっと生えてくるなんて怖いことはない。


しっかりしないと。


花梨は頭を振って部屋を出ようとして——


「おっと!」

「きゃ!」


妖魔とぶつかってしまった。


「どうした。」

「私、帰ります…」

花梨は後退りしながら答えた。


「まーまー、そんなこと言わないで。」

妖魔が距離を詰めてくる。

「いえ、ほんとに。お邪魔しました。」

怖さに体が震えてくる。


その姿をじっと見た妖魔は、

「へえ。もう解けちゃったんだ。お嬢ちゃん意外に頑固だね。」

と面白そうに笑った。


「帰ります!」

怖さに負けないように、花梨は大きな声を上げたが、声が震える。

「うーん。怖い思いをさせたいんじゃないんだけどなあ。」

ニヤニヤ笑いながら妖魔がまた一歩花梨に近づいた。

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