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長い会議が終わってほっとした昼休み、花梨は食堂でみゆき先輩と同期の千夏とご飯を食べていた。三人とも同じ部署に所属している。
最近までオフィスはどよんと暗かったけど、係長が厄祓いという名の豆まき遊びを節分にしたからなのか、なんだかいい感じにオフィスは明るくなった。
この食堂は低価格で美味しいヘルシーなご飯が食べられると社員にも人気だ。お弁当を作ったり買ったりするよりも安く済むので、花梨はよくここに来ている。
女3人でおしゃべりに花を咲かせていると、ふらっとやってきたどこかの偉いんだか平なんだか分からない中年男性が、
「あのさぁ、君たち料理とかしないの?結婚できないよ。」
とにやにやしながら言ってきた。
途端に固まる雰囲気。みゆき先輩の箸がギリっと鳴った。
「………」
「私、手料理にこだわる男性ってマザコンだと思っているので。」
周りにおっとり系だと思われているらしい花梨が、可愛らしく、ふんわりと、はっきりと言った。
中年男性は頬を引き攣らせて去っていった。
「…ありがとう。私が言うと角が立っちゃうから。」
はあー、とみゆき先輩がお腹のムカムカを吐き出すように息を吐いた。
「ほんと、花梨ありがとう。私びっくりしすぎて声が出なかった。」
千夏は男性が去っていった方向を見ながら言った。
みゆき先輩はハキハキした姉御肌で、女性社員には頼りにされているけど、一部の男性社員とは相性が悪いらしい。
千夏は一見おとなしそうに見えるけど、観察眼が鋭い。最近は係長がツボらしく、よくじっと見つめているのを見かける。
「いいえ、私ほんとうにそう思ってるんで。」
花梨は自分では好き嫌いが激しい方だと思っているが、ゆるふわな服装を好むためか周りにはほんわかして見えるようだ。
話す速度も歩く速度もゆっくりだからかなと思っている。…仕事は遅くないと信じたい。
「まっ何にせよ、雑音は気にしないことが一番ね。」
みゆき先輩がサクッと話をまとめた。
あっさり、さっぱり、毒も混ぜて。みゆき先輩のみんなに好かれているところだ。
「そういえば花梨、彼氏とは今日もデート?」
「うん!そうなの。会えるのが待ち切れないねって話してて。」
花梨の顔がぱあっと明るくなる。愛しの彼とは会社帰りにデートだ。
「いいなあ。私もそんな恋がしたいなあ。」
みゆき先輩がテーブルに頬をつく。
「みゆき先輩は選びすぎなんですよ。」
千夏がはっきりと言う。結構怖いものなしだ。
「…そんなことないもん。誰でもウェルカムよ?」
またまたーと3人で笑い合って、ランチは終わった。
◆
ムズムズ
くしゅん!
ムズムズ
くしゅん!
「花梨、大丈夫?花粉症つらそうだね。」
「大丈夫…ではないかも。午後って花粉がピークなんだよね。」
花梨はマスクをずらして鼻をティッシュで押さえた。声がしゃがれている。
くしゃみしすぎて喉が痛い。
くしゃみする時に奥歯を噛み締めちゃうから歯のセラミックが割れないかヒヤヒヤする。
目が痒すぎて白目がぶよぶよしてる。
外国に比べて企業の生産性が低い低いって言われてるらしいけど、それって花粉症のせいだと思うの。
花粉症がなければ学生はもっと頭がいいし、会社員はもっとバリバリ仕事ができる…気がする。
すべては花粉症のせい。
こんなに頭がぼーっとして働けなんて酷すぎる。
こんなに頭がぼーっとしてるのに働いている私たちすごい偉いと思う。
なんとか午後を乗り切った花梨は、残業などするものかという気迫で仕事を終わらせると、駆け足で職場を後にした。
ふわふわ
わくわく
どきどき
きらきら
彼のことを考えると世界が明るく見える。可愛いものも、綺麗なものも、見ると思い出すのは彼のことだ。
あの鳥かわいい!彼にそっくり。
あの花きれい!彼にそっくり。
このお菓子おいしい!彼にそっくり。
この曲すごくいい!彼にそっくり。
ああ、早く会いたいな。
会いたい。会いたい。会いたいな。
「花梨!」
遠くから手を振っているのは愛しのダーリンだ。彼の周りのものは遠すぎて見えないが、彼の姿だけはどんなに遠くても見つけられる気がする。彼の周りが輝いているから。
「康太!」
駆け足で花梨が近づくと、それよりもっと早く駆けてきた康太が待ち切れないとばかりに花梨の手を取った。
「「会いたかった」」
二人で同時に言う。
「ふふふ。同じこと考えてたね。」
「そうだな。いつも俺は花梨のことを考えてるから。」
「私も。」
二人は手を取り合うと、いつもの公園へ向かった。
いつものベンチに座って、お互いに見つめ合う。
「好きだ。」
ーークシュン!
「好きよ。」
ーーズズズ
「好きだ。」
ーーっクシュン
「好きよ。」
ーーっクチュ
「好きだ。」
ーーズズズ
「好きよ。」
ーーグスングスン
ーーチーン
ーーチーン
「「えへへへ」」
「好きだ。」
「好きよ。」
今日も愛を確かめ合った二人は、名残惜しそうに駅で別れた。