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『会って話がしたい』康太はそうメッセージを送った。
電話をする勇気はなかった。もし、もう会いたくないと言われたら。
スマホしか接点がないのだ。拒否されてしまえばそれで終わり。
そうなったら、花梨を探し求めて街を彷徨うのだろうか。
康太は自分がどういう行動にでるか自分でも分からなかった。
この前のカフェ…に行くのは却下だ。
もちろん、あの女子高生たちがくすくす話していたのは自分達のことではない。ないけれども。
結局、いつも会う公園で待ち合わせをすることにした。
花梨は来てくれるだろうか。
来てくれると言った。
花梨は約束を守る人だ。…たぶん。
「康太。」
「花梨。」
久しぶりに会った花梨は、雰囲気が少し違うように見えた。
あの男の影響か。
ぎりっと奥歯を噛み締めた。
花梨がビクっと肩を震わせた。
だめだ、落ち着け。
「来てくれてありがとう。どっか行く?」
康太は努めて優しい声を出した。
花梨はフルフルと首を横に振った。
なんとなく、二人でいつものベンチに座った。
やっぱりここが落ち着く。
康太は花梨に手を差し出したが、花梨は握ってくれなかった。
「花梨。この前のことなんだけど…」
花梨の視線が彷徨った。…まだ望みはあるのだろうか。
「あれは妹だよ。」
「え?」
「妹。7つ下なんだ。」
「そう…なんだ。」
花梨がほっとしたように見えたのは気のせいではないと思いたい。
「買い物に付き合ってたんだ。で、家に帰ろうとした時に花梨たちに会ったんだけど…」
『花梨たち』は嫌味っぽかっただろうか。
「あ!私は!取引先の人と野球に行ってて…」
「野球?取引先の人と?」
攻めるような口調になってしまった。
「うん。ちょっと話があるって言われて。あっでもそういう話じゃないよ!」
そういう話って何、とは聞けなかった。
「花梨。好きだ。」
「………」
「花梨。好きだ。」
花梨は無言で首を振った。
「花梨。どうかした?」
何があった、と本当は聞きたかった。
「…違うの、恋じゃなかったの。」
花梨が下を向きながら言った。
「恋じゃなかったってなんだよ。好きだよ、花梨。」
「違うの、それは康太の気持ちじゃないの。…私の気持ちでもなかったの。」
「なに言ってるんだよ!俺の気持ちだよ!好きだって思った。だから言った。恋だよ。俺の、運命の人だ。」
康太は拳をぎゅっと握りしめた。花梨は腕を前にして自分の体を抱きしめている。
「でも康太もおかしいって気づいてるでしょ?私たち、まともじゃなかったよ。」
花梨が顔を上げた。目元が赤くなっている。
「それは…そうかもしれないけど。恋愛の始めなんてみんなちょっと馬鹿っぽいことするもんだろ。」
「分かんない。私はそんな風になったことなんてない。」
「…俺もないけど…でもだからこそ!これが恋だって俺は思うんだよ。」
花梨は泣きそうになりながら首を振った。
「じゃあ康太は今でも私のこと好きって言える?」
「言えるよ。好きだよ。さっきから言ってる。」
「でも!ドキドキしないでしょう?」
「前よりは…しないけど。でもそれは落ち着いてきたからで。」
「違うの、違うんだよ、康太…」
「別れよう。」
花梨の声が賑やかなはずの公園に響いた。
「っ!俺は諦めない。花梨が好きだ。もし、もし花梨の言うように、今までのが恋でなかったとしても。好きだよ。」
「ごめんなさい!」
花梨はベンチから勢いよく立ち上がると、走って逃げた。