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曽根さんは続ける。
「漫画…がなぜ出てきたのかは分かりませんが…それは花粉を吸った人限定なんですか?」
「おー、俺はいっそのこと国中がハデに発情すれば面白いって思ったんだけどよ、やり過ぎるといろいろめんどーなのよ、こっちも。」
男はビールジョッキをくいっと傾けると、プハーっと息を吐いた。
「焼き鳥頼もうぜ。」
「それどころではありません。」
「焼き鳥がないなら帰る。」
「いくらでも頼んで下さい。」
曽根さんはタッチパネルを差し出した。
「これなー、面白いよなー。ちょと前まで手書きだったのになー。」
男は楽しそうにタッチパネルをいじった。
「おっ寿司も頼もう。このハニートーストってやつもいいな。クリームとかスゲー乗ってんじゃん。映えるって言うんだろ?」
男は、俺知ってるぜとドヤ顔をした。
「で、話を戻しましょう。この症状は花粉が収まれば治るんですか?」
「そうだなー、多分なー。」
「どの花粉ですか?」
「ああ?」
「花粉にもいろいろあります。杉花粉の季節はもうピークを越しました。」
「あー、なんかこうあったかくなる頃にどばーって出るヤツだよ。うま、ぼんじりうまっ!レバーはタレに限るな。」
男は焼き鳥にかぶりついた。
「そしたら杉かな。後遺症は?」
「あああ?」
男は今度は手羽先と格闘してる。
「ねーよ、そんなモン。ちょっとした思いつきだったからな、そこまで練ってねーよ。そもそもごっつんする奴が少ねえって言っただろうが。このお嬢ちゃんとあと何人かくらいだよ。」
男は手羽先を持った手で花梨を差した。
「私!?」
花梨はいきなり自分に話を振られてびっくりした。
「では花粉の季節が終わったら消えるんですね?」
「しつこい!」
「消えるんですね?」
「消える!消える!お前ねちっこいな。モテねーぞ。」
男は三杯目になる生ビールを飲み干すと、ぷはーっと満足げに息を吐いてふっと消えた。
「消えた!…え、やだ。幻想?夢?曽根さん見ました?」
「はい。見ましたよ。」
「オバケですか!?」
「うーん、どうでしょう。本人は妖魔と言ってましたが。」
「妖魔なんて!いませんよ!」
「僕もそう思いますが…現に目の前に現れましたしねえ。」
「…曽根さん、なんであんなに冷静だったんですか?」
「うーん、フィクションとしては面白いかと思いまして。それに…」
曽根さんはチラリと花梨を見た。
「パニクってらしたでしょう?」
花梨はうんうんと頷いた。
「連れがパニックになっていると冷静になりませんか、なぜか。」
「あー…そうですね。」
カウンターバランスってやつですかねー、と曽根さんはのほほんと笑った。
この人、芯が強いわ。
花梨は曽根さんは甘く見てはいけない人物リストに入れた。
「それに…本当だったらいいなと僕は思っていますよ。」
「ええ、あの酷い話がですか?」
「はい。花粉の時期限定なら母も元通りになりますし。…ああ、だから嵜本さんより母の方が治りが早かったのかな。母は九州ですから。こちらより早く時期が過ぎたのですね。」
「…私は治ったとかそういうんじゃ。」
花梨は一応そう言ってみたが、自信はない。
「そうですね。でももし嵜本さんの恋もあの妖魔のせいなら、嵜本さんはフリーになりますよね。僕としては願ってもないチャンスです。」
「えっ!」
「言ったでしょう、あなたに興味があると。」
曽根さんは嬉しそうに微笑んだ。
◆
花梨は自宅のお風呂でふうと息を吐いた。
今日はいろいろあって疲れた。野球場で声援を送っていたのがだいぶ前のことみたいだ。
私の恋が、恋じゃなかったら。
吹っ切れたとは思った。でも彼が女の子と腕を組んでいるのを見てもやっとした。
…私がいるのに。
なんて思うのはわがままだろうか。
もやもやと考えながら長風呂をした花梨はすっかりのぼせてしまった。
…そうだ、お酒飲んだんだった。すっかり忘れてた。
花梨はふらふらとベッドに入った。康太からの連絡があったことに気づかずに。