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デートではない。取引先の人と野球を観に行くだけだ。…いや、デートなのかな。私に興味あるって言ってたし。
やっぱり断ったほうがいいんじゃ。
いや、でも曽根さんだし。ほんとにただ純粋に私に興味があるって意味かも。私そんなに面白いことしたかなあ。
最近の自分の言動に自信がない花梨は、もしかしたら仕事でも何かやらかしているのかもと思いつつ、出かける支度をした。
今日は行くって言っちゃったから行こう。で、もし深い話になりそうだったらちゃんとにお断りして、次からはプライベートでは会わない。大丈夫、曽根さんはその辺さっぱりしてそうだから。
初めて見る生の試合は想像以上に面白かった。野球のことはあまりよく分からないけど、曽根さんがいいタイミングで解説してくれるし、うんちくは垂れないし、場内の高揚した雰囲気にこっちも楽しくなってくる。試合が終わる頃には花梨は明るい気持ちになっていた。
「面白かったです!テレビで見るのとは迫力が全然違いますね!」
「そうでしょう。手に汗握るよね。」
「はい。応援に力が入りますね。選手に声援が届いていると思うとこっちも頑張っちゃう。」
「本当にね。まあポカやらすと野次もすごいけどね。はは。」
二人は球場を後にすると、じゃあご飯でも行きましょうかと歩き出した。
繁華街までの近道の裏通りを歩いていると、向かい側から康太が歩いてくるのが見えた。
「康太…」
康太は若い女の子と腕組んで歩いてる。こちら側は薄暗いので、花梨にはまだ気づかないようだ。
康太は鬱陶しそうに女の子をあしらいながらも、まんざらではなさそうだ。
あんな砕けた表情見たことない…
思わず足が止まってしまった花梨に合わせて、曽根さんの足も止まる。
と、向かい側の康太も花梨たちに気づいたようだ。
「花梨…」
康太は驚いた顔をしてからちらりと曽根さんを見ると、また花梨に視線を戻した。
「か——」
「ねえ、康太。早く行こ?お店入れなくなっちゃうよ。」
若い女の子が康太の腕をぎゅっと引っ張ると、足が止まっていた康太を引きずるように花梨の方へ歩いてきた。
狭い裏道は大人二人が並んで通れるか通れないかくらいの幅だ。花梨は咄嗟に曽根さんの後ろに隠れるように道を譲った。
康太たちが通り抜ける時に、女の子が花梨を上から下まで一瞥すると、ふんっと笑って過ぎ去った。
「…大丈夫ですか?」
「……」
「顔色が悪い。とりあえず暖かいところに行きましょう。」
断る気力もなかった花梨は、曽根さんに促されるまま歩き出した。
◆
「大丈夫?」
「はい、すみません。ご心配おかけして。」
二人は居酒屋の半個室に入った。適度に薄暗くて、チェーン店特有の明るさがある店内に花梨はほっとした。カジュアルな感じがちょうどいい。
「さっきのが噂の彼ですか?」
「うわさ!?」
「あ、すみません。語弊がありましたね。誰も噂はしていません。僕が勝手にそう思っていただけです。」
「あの…私、何か粗相を…」
あー…と曽根さんは少し気まずげに話し出した。
花梨が会議中も時々へらっと笑っては顔を赤らめて目をうるうるさせていたこと。
そういう時は花梨の係長がフォローに入っていたこと。
明らかに幸せオーラ満開だったこと。
「もちろんお仕事はしっかりとなさっていました。ただその、ビジネスライクな雰囲気とのギャップがですね…その…」
…目立っていたんですね。やらかした。取引先でもやらかしていた。
花梨は真っ赤になって頭を抱えた。
「申し訳ありません。ご迷惑おかけして…」
「いえ、先ほども言いましたがお仕事は問題ありませんでしたし、とても可愛らしかったですよ。」
曽根さんはにこにこと微笑んだ。
…ああ、だから係長も取引先に同行してくれてたんだ。これくらいの規模ならいつも私一人でやってたのに。なんでだろうと思ってたけど…
一人で行かせるのが不安だったんだろうなぁ。本当に申し訳ない。こうやってさりげなくフォローしてくれる係長はいい人だな。明日はお菓子を買っていこう。
「それがこの間はですね、うーん、言葉は悪いのですが、憑き物が落ちたようにすっきりした顔をなさっていて。」
確かにすっきりしていた。サリナさん達に相談したからだろうか。
「…そんなに分かりやすかったですか?」
ほんとやらかしてる。そういえば、この前曽根さんの会社に訪問する時も係長に大丈夫か聞かれたんだった。
じっと顔を見られて、うん、と頷かれたからなんだろうと思っていたけど。
「いいえ、それほどでもないですよ。分かったのは僕があなたをよく見ていたからで…その…」
曽根さんは言い淀んだ。
「その件で、お聞きしたいことが…」