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◆
——チュンチュンチュン
カーテンの隙間から朝日が入ってくる。花梨はぱちっと目を覚ました。時計を見ると、アラームが鳴る10分前。アラームを解除して、花梨はむくっとベッドの上に起き上がった。
わー、なんか、すっごくスッキリした。めっちゃ眠れた。ぐっすりだった。
うーんといつもはしない伸びをすると、花梨は立ち上がってカーテンを開けた。最近はどんよりした曇り空が多かったが、今朝は雲ひとつない晴れだ。雀とカラスの鳴き声が聞こえる。窓を開けると何かの花の匂いがふわりと香った。
「おはよー。」
花梨は着替えて顔を洗うと、リビングに入った。今日のお味噌汁の具はなんだろうか。
「あら。おはよう。なんかスッキリした顔してるわね。」
母が目を丸くして言った。
「うん。なんかすごく良く眠れた。」
「そう。よかったわね。ご飯食べる?」
「うん、食べるよ。」
「え、食べるの?」
母がびっくりした顔をしている。
「…なによ。悪い?」
「悪くないわよ。花梨最近ちっとも朝ごはん食べないじゃない。」
「そう?食べてる気がするけど。」
首を傾げながら花梨はご飯をよそった。
あれ?
「お兄ちゃん。なんでいるの?」
兄は近所で彼女と同棲している。もうすぐ結婚式だ。
「なんでってお前…なんだ、普通だな。」
「普通だよ。何が?」
「母さんが花梨がおかしいって言うから様子見に来たんだよ。」
「おかしいってなによ!」
「ごめんごめん、ママ、花梨のことが心配だったのよ。最近ずっと心ここに在らずだったじゃない。」
母がお味噌汁を花梨の前に置いた。今日の具は玉ねぎとじゃがいもだ。
「そう…かな。」
あれ。もしかしてサリナさんのところだけじゃなくて家でもやらかしてる?
花梨がはははとごまかし笑いしながら味噌汁を啜った瞬間、兄が爆弾発言をした。
「母さんが花梨は妊娠してるんじゃないかって言うから。」
「ぶっ」
ケホケホケホ
「ちょっと!なにそれ!」
花梨は味噌汁を喉に詰まらせた。
「お兄ちゃん!もう。あのね、花梨、ずっと彼氏のことが好き好きって言ってたじゃない。それがパタリと止んだかと思ったら、思い詰めた顔してたから…てっきりママ…」
あ、思いっきりやらかしてた。
「違うから!彼とはそんなんじゃないから!」
「でもお付き合いしてるんでしょう?」
お付き合い…して…
頭の靄が全部なくなって、クリアだ。あんなにぐるぐる悩んでいたのが嘘みたいだ。
花梨はすうっと息を吸うと、
「いや、してない。してたとしても、もう終わってる。」
とはっきりと言い切った。
◆
「では説明は以上になります。何かご質問はございますか?」
「はい。今度ご飯でもいかがですか?」
向いに座っている男性がにこやかに手を上げた。
ここは取引先の会議室。廊下側がガラス張りになっているこの小部屋は、ちょっとした話し合いをするためのスペースだ。
大方の交渉はすでに済んでおり、花梨と取引先の曽根さんの二人で詳細を詰めているところだ。
「はい?」
「あ。まったくのプライベートなんですが。」
曽根さんはにこにこと笑いながら言った。
曽根さんは人畜無害そうというか、いい人さが前面に出ている人だ。彼がにこやかに話すと周りの雰囲気が柔らかくなるので話しやすいし、仕事がやりやすい相手だと思っている。前任者は高圧的で怖かったから余計に。
「ええと…」
花梨は困惑した。最近仕事に身が入っていなかったことを反省して、今日はやる気満々で来たのだ。
「案件の内容は問題ないです。御社のお仕事には定評がありますから信頼しています。このまま私の裁量で通します。仕事の話はここでおしまいです。」
曽根さんは資料を片し始めた。
「で、ここからはプライベートなのですが。ご飯でもいかがですか?もちろん断っていただいても仕事には一切影響しません。便宜を図るとか、そういったことも一切ありません。僕はあなたに興味がある。それだけです。」
ええ。曽根さんそういうタイプだったっけ?ロールキャベツ男子ってやつ?
「はあ。その…」
「野球はお好きですか?」
「家で時々見るくらいですけど…」
「球場で観てみませんか?わーっと声出すとスカッとしますよ。」
——デートでもしてきたら?
サリナさんのアドバイスをふと思い出した。
曽根さんのいい人オーラに流された花梨は、気づくとはいと返事をしていた。