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「好きだ。」

ーークシュン!


「好きよ。」

ーーズズズ


「好きだ。」

ーーっクシュン


「好きよ。」

ーーっクチュ


「好きだ。」

ーーズズズ


「好きよ。」

ーーグスングスン


ーーチーン

ーーチーン


「「えへへへ」」


「好きだ。」

「好きよ。」


…………………



春、別れと出会いの季節。卒業、入学、入社、目まぐるしく変わる環境の中で、生まれる恋も終わる恋もある。


今年は例年よりも、春に付き合いだす人も、破局する人も多いそうだ。

セレブたちもメディアで熱々カップルぶりを見せつけて、好き好きと言っていたと思えば、あっさり別れるカップルばかり。

話題集めじゃないの?という声も聞こえるが、不倫騒動なども多発して連日大賑わい。

そんな、人々のテンションがちょっとおかしい春の恋物語。



   ◆


花梨かりんは会議室の席に座りながら、メモを取るフリをして下を向いてこっそりと欠伸をした。


一雨ごとに春が来ると言うけど、今日はまた一段と酷いわ。


昨日は雨が降ったので、晴れの今日は花粉がさらに飛ぶ。


温かな日差し。暖房の効いた室内。時折り外から鳥の鳴く声がする。


マスクをしてると頭がぼおっとしてくる。なんかこう、お家でお布団に包まれてるような。

でも外しちゃだめなの。鼻がムズムズしてくしゃーん!ってなるから。結構大きめな会議だし、ここで注目を集めるわけにはいかない。


目が痒い。でも掻くのはだめ。だからギュッと目を閉じて、閉じて……


……はっ!うとうとしちゃった。

なんでこんな眠い時間に会議をやるかな。根性比べってこういうことをいうのかもしれない。


でも、今日も愛しの彼に会える。私の大好きな、大好きな、恋人。


花梨はマスクで顔が隠れていることをいいことに、笑みを浮かべた。彼のことを考えると、目が潤んでくる。

あぁ…目が痒い。だから掻くのはだめなんだってば。掻かないように、目をギュッと閉じて…


うとうと…


目を閉じながら、花梨は彼との出会いを思い出していた。


   ◆


愛しの彼とは、ドラマのようなロマンチックな出逢いをした。


「今年も花粉が舞う季節がやってきました!」

お天気予報のお兄さんが、朝のニュースでさわやかな笑顔で言った。


なに、その雪を喜ぶ子供みたいな高いテンションは。


花梨は思わず白い目でテレビを見た。


はぁー。今年もこの季節がやって来てしまった。しかも今年は例年より多く飛散するらしい。

国民の3人に1人が発症するという国民病。

花梨も数年前から発症している。


花粉症は英語でヘイフィーバーと言うらしい。ヘイはよく分からないけど、たしかにくしゃみもでるし、鼻水も出るし、頭もぼーっとしてくるし、フィーバー(熱)と言われればそうかも。


花梨は、ここ数年で飛躍的に進化したマスク(鼻の部分が尖っている3D立体型のやつ)をして足早に駅へ向かった。ほんとうは花粉症用の眼鏡もしたいところだけど、マスクと眼鏡のコンビは相性が悪い。曇り止めをしても結露のように水滴がついてしまう。


外に出るのやだなー。また今日もくしゃみが止まらなそうだなー。なんてぐだぐだしていたら、いつもより家を出るのが遅くなってしまった。

だから、いつもの電車に乗れなかったのはしょうがない。


それが、運命の分かれ道だと花梨は知らなかったのだから。


やばい!いつもの電車逃したからギリかも!


ぎゅうぎゅう詰めの電車を降りて改札を抜け、スマホの画面を見て時間を確認すると、花梨はダッシュで会社に向かおうとして——


どん!


「いたっ」

「うっ」


顔面に何か硬いものがぶつかった。マスクがぺちゃっと潰れる。鼻が痛い。


エクステがっ!折れるっ!

咄嗟に思ったのはそのことだった。


花粉症の時期はアイメイクはしない。全部涙で流れちゃうから。

ウォータープルーフ?皮膚っていう湿ったものの上に乗せるんだから全部流れちゃうんですよ。


「すみません!」

頭上から男の人の声がした。どうやら向かい側から走ってきた人と正面衝突してしまったらしい。


「いえ、こっちもよそ見してたので。」

花梨は慌てて顔を上げた。


二人は顔を見合わせた。

ぱちりと合う視線。

お互いの目がとろりと溶けて。


どくんっ

花梨は恋に落ちた。


どくどくどく

え、やだ。心臓がドクドクいってる。


彼がふわりと笑った。


きゅん!


かあっと頭に血が昇る。

目がもっと潤って、彼の周りがきらきらして見える。


キラキラ

キラキラ


この人!運命の人だ!

花梨の直感が告げた。


つい手を伸ばして彼の顔を触ろうとしたところを、必死で押さえる。


だっだめだ。そんな怪しい人みたいなこと。知らない人なのに。


花梨は彼にもたれかかっていた体をむりやり剥がすと、すみませんと会釈して通り過ぎようとした。


「あのっ!」

恥ずかしさに下を向いて通り抜けようとした花梨の上から声がした。

「俺っ!康太こうたって言います!あの!…いつもはこんなことしないんですけど…その、連絡先交換しませんか?」


驚いて花梨が顔を上げると、花梨と同じくらい顔を真っ赤にした康太が潤んだ目をして花梨を見ていた。


かっ、かっこいい可愛い!なに!え!幻聴!?幻覚!?


驚きすぎて声が出なくなった花梨は、首振り人形のようにコクコクと何度も頷いた。

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