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魔法使いは恋をしない  作者: 九用 赤雲斗
7/8

背水


スイが待っていると、昼下がりにメイが帰って来た。

「おかえり」

だが返事はない。メイはスイを一瞥もせず無視を決め込み、奥の部屋に一直線に向かう。

「おい、待てよ」

スイは席を立って、メイの進路上に立ちはだかった。

「邪魔」

メイの口から重苦しい、そして悪意に満ちた声が飛んできた。

「水龍の髭を取りに行くから、手伝ってくれないか」

「嫌」

聞く耳を持たないメイは短く拒絶し、スイの横をすり抜けようとしたが、すれ違いざまにスイがメイの手首を捕まえた。

「ちょっと、放して!」

甲高く叫んで腕を振り回すが、メイの力ではスイの握力を振りほどくことはできない。メイの声を聴いたらしく、ソラとニナが研究室から出て来た。

「なんだ?喧嘩かい?」

ニナは状況を知った上で冷やかすようなことを言う。

「ニナは黙ってて…」

ソラがニナを差し置いて、一歩前に出る。するとメイも大人しくなって、ソラの言葉を待ったのでスイは手を放した。

「精霊を捕まえるのは得意でしょう?手伝ってあげて欲しいわ」

「…髭を何に使うの?」

メイは腕を組み、疑るような目つきでソラを睨む。この不信感が込められたメイの視線は、毎度のことながらソラを憂鬱にさせた。ソラは思わず溜息を吐きたくなるのを我慢しなければならなかった。

「これから梅雨や台風の時期になれば、水の精霊は凶暴化する…その前に確保しておきたいの」

「答えになってないよ。どうせカーマに使うんでしょ?私はコイツのために働きたくなんかない」

「なんで貴女はそんななの?」

誰の目にも、ソラが苛立ち始めたのが分かった。

「私に相談もせずに弟子なんか取ったからだよ」

負けじとメイの言葉も鋭くなってくる。

「私がいつ弟子を取っても勝手でしょ?」

メイの位置からでは見えなかっただろうが、ソラの後ろでニナが「ソラの言う通りだ」と頷いていることにスイは気づいた。

「せっかく弟子がいるんでしょ?私なんかじゃなくて、弟子にやらせたら?」

当てつけのような捨て台詞を吐いて立ち去ろうとしたメイを、スイが呼び止める。

「もし…」

メイがドアノブに手を掛けたまま、振り返る。

「なによ?」

スイはメイの方へ振り返り、真剣な眼差しで真っ直ぐ見つめて宣言した。

「俺と精霊に挑戦して、もし俺が役に立たなかったら…俺は先生の弟子を辞める」


一瞬だけ時間が止まった。


そして次第に、各人がスイの発言の意味を理解し始める。

「ちょっとスイくん、勝手なこと言わないで」

ソラが背後で抗議するが、ニナが止めに入って黙らせた。ニナは面白がっているだけだろうが、おかげでスイは会話の主導権を手放さずに済んだ。

「メイは俺を認めていない。なら、この機会を利用して俺が先生の弟子に相応しいか見極めればいい…そうだろ?」

改めてメイに問いかけると、食いついてきた。

「テストしろってことね。で?合格の判断基準は?」

「メイの一存で構わない」

それを聞いたメイはスイの前で初めて微笑んだ。

「ふぅん…なら、いいよ?」

きっとメイは、結果に関わらずスイに不合格判定を下して追い出すつもりだ。圧倒的に不利な条件だが、少なくとも賭ける価値はあると思った。

ようやく話が纏まったと思ったが、しかし、メイは扉の向こう側に半身を滑り込ませた。

「でも、今日は駄目だよ。雨の日は危ないから」

淡泊にそう言い放つと、意気込むスイをからかうように薄く笑って、扉を閉じてしまった。

「ん…そういうことなら、仕方ないか」

スイは呟き、自分を納得させた。折角、自分を追い込むことで闘志をみなぎらせたというのに、肩透かしを喰らってしまった形だ。自分の席に戻ろうと身を翻した時、背後でドアが開く音がした。

「都合が付けば私の方から声を掛ける。精々、勉強しておくことね」

最後に挑発混じりに告げて、今度こそメイは隠れてしまった。扉が閉まるバタンという音がやけに響いた。


その余韻が消えないうちに、ニナがすかさずパチパチと拍手した。

「やはり君は面白い奴だ…でもメイに君を認めさせる勝算があるのかい?」

「そんなもの無いけど…でもカーマを作るなら水龍の髭が無いと始まらない。で、それを入手するにはメイの協力が必要なんだろ?贅沢は言ってられないよ。それにこのままメイとの関係を放置し続けるのも気分が悪いし…メイを見返すチャンスかもしれない」

ニナは呆れ混じりに脱力して、表情を緩めた。

「君はポジティブだな…まあ利口ぶった悲観主義者よりはマシか。なあソラ?」

ニナがソラを見上げて水を向けると、ソラは返事の代わりに、頭が痛いと言わんばかりに緩く首を振った。

「先生。勝手な約束をしてすみません。でも、必要なことだと思います」

スイが謝ると、ソラはため息を吐いた。

「もういいわ。でも、あくまでこれはスイくんとメイの間の約束よ。もしメイが不合格を宣告したとしても、私は君を庇ったりしない」

ソラの硬い声に、スイは「覚悟してます」と返した。

「じゃあ、頑張ってね」

そう言い残すとソラはニナに「ついて来い」と目配せして二人は研究室に消えた。


「…安請け合いしちまったな」

一人になった途端、弱音が零れた。自分の口から出たこととはいえ、こんな事態になるとは予想していなかった。

「まあいいさ。後悔しても、言ってしまった事は取り消せないからな」

スイは気を取り直して、敵対的な態度を徹底するメイと和解するための方法をぼんやり考えた。

雨はまだ止まない。

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