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3.濡れ鴉の公爵様

 ミルネはいとも簡単に公爵様との婚約を破棄してみせた。その理由は「妹がどうしても公爵様と婚約したいとわがままを言ったから」という幼稚なものだった。

 毎日のように屋敷に訪れるヒンスとそれを見せつけるようにいちゃつくミルネを眺めながら、私は惨めな思いをしていた。

 せめて、公爵様が姉を断罪してくれていれば……、せめて公爵様が私との婚約も破棄してくれていれば……怖い思いをせずに済んだのに。


「ねぇ、お祖母様。公爵様がロゼを迎えにいらっしゃるでしょう? 私とヒンス様もご婚約をしたことだし、軽いパーティーなんかいかがかしら」

 


***


 ミルネは派手な髪と顔に合う豪華な真っ白なドレスを身につけ、家宝のティアラで着飾っていた。その隣ではプラチナブロンドで美しい顔の男がエスコートする。ヒンス様は騎士団の中でも一番の色男と言われるだけあってとても絵になる。

 一方で私は招待客の中でも一番地味なんじゃないかと思うくらい地味な姉のお下がりのドレスだ。少しくすんでしまった青色は私の髪色には全く似合わず、アクセサリーも全てパールの安物だった。

 招待客にちやほやされる姉カップルに比べて、私には相手すらいない。公爵様は「遅れる」と連絡を寄越したきり、家臣すらも会場に寄越していなかった。


——ゼボッタ公爵家は変わった貴族として有名だった。

 私の婚約者になったシャール・ゼボッタ公爵は王の参謀として活躍はしているものの、その立場をもってしてか仮面で顔を常に隠し、その素顔をみたものは王族しかない、幼い頃の火傷で醜い顔をしているなんて噂が立っているほどだ。

 姉は公爵という名前だけでシャール様との婚約を受け入れた。しかし、ヒンス様をみて「見た目」が大事であること、そしてなにより「自分よりも妹が優れた相手と結婚すること」を避けたかったんだろう。

 姉らしい答えだ。いつだって私よりも上じゃないと気が済まない。子爵家とはいってもヒンス様は有望騎士。爵位が上がることだって考えられる。何よりも、見た目を気にする姉は仮面を常に被っているとかいうちょっと変な公爵様に興味はなくなってしまったのだろう。


「あら、ロゼ」

 私はみごとに壁の花。

 お姉さまのお友達ばかりで占められた招待客たちは私を白い目で見ている。お姉様は見下したような表情のまま、私に言った。

「あなたの婚約者様はいらしてくれないのね」

 お姉さまの隣にいるはずのヒンス様は遠くの方で祖父母と話しているようだった。あぁ、だからお姉様は本性丸出しでいるのね。

「お忙しいのかも知れないわ」

「いいえ、きっとあなたに興味がないのね、特に忙しい様子ではなかったもの」

 お姉様がニヤリと口角を上げる。

 私は長年、この女と一緒にいてその表情が何を物語っているのかわかるようになった……あぁ、このパーティーにシャール公爵様は招待されていない。

 このパーティーは私を壁の花にして見せしめにするためのものだったのだ。


 幼い頃からずっとずっとそうだった。

 お姉様は巧みに嘘をつき、いつだって自分が世界の中心に立つように仕向けた。私はそのための踏み台であり、比較対象であり、引き立て役だった。

 このドレスも、アクセサリーも、パートナーすらも……すべてがお姉さまの掌の上での出来事だったのだ。

 そんなお姉様をみて祖父母は「優秀だ」という。私が何度訴えてもお姉さまが嘘をついているのだと信じることはなかった。

 もう最近は諦めていたのだけど……。あぁ、早くこの時間が終わらないかな。早くお嫁にでも行ってこの人たちと縁を切って……



 その時だった。

 大きな馬のいななきが響く、パーティー会場の入り口の方からザワザワと招待客たちがざわつき出す。

 私にマウントをとっていた姉も不思議そうに騒ぎの中心を見るように背伸びをした。私も自ずとその方向へ目を向ける。

 ヒンス様と祖父母が最敬礼をしているのが見えた。ヒンス様のその姿を見てお姉さまが「何事なの」と唸るようにいう。

 彼らがひざまずくその先には真っ黒な騎士服を着た男が立っていた。濡れ鴉色の髪はツヤツヤと艶めいていて美しい。ひときわ大きな男は不思議な形をした杖を腰にさげ、その顔の半分以上が黒いフェイスベールで隠されていた。

 フェイスベールに隠れていない目元はキリッと前を見つめ、そこだけでもかなりの色男であることがわかった。真っ黒の瞳はじっとヒンス様をみつめ、彼が顔を上げると

「彼女の元まで案内してくれ」

 と言ったようだった。ヒンス様は真っ直ぐお姉様の方へと歩いてくる。フェイスベールの男はかなりガタイが良く、騎士をしているヒンス様が少し小さく見えるほどだ。

「まぁ……彼はどなたかしら」

 お姉さまが表情を一気に「良い子ちゃんモード」に変えて上目遣いをする。一方で私はお姉さまから離れるように壁の花に戻った。

「ヒンス様、そちらの方は?」

 お姉様の粘っこい言葉に応えると思いきや、ヒンス様は冷や汗を流すとお姉さまを素通りして私の方へと向かってくる。あんぐりと口をあけたお姉様を一瞬だけフェイスベールの男が侮蔑した。

「彼女です」

 ヒンス様が震える声で言った。

「彼女が、ロゼ様です」

 ヒンス様が私とフェイスベールの男に最敬礼をする。フェイスベールの男は私の手を取るとひざまずいてキスをした。真っ黒の瞳がキラキラと宝石のように輝き、私をぐっと捉える。

「シャール・ゼボッタだ。あなたが、俺を欲してくれたと聞いて……いても立ってもいられずこちらへ来てしまった。無礼を許してほしい。だが、貴女のその熱意と愛に全力で応えさせてほしい」


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