2.全てを奪われる
「あの……」
私の言葉なんて無視してヒンス様はミルネと話し込んでいる。妹の婚約者と楽しそうに話す姉を止めもせずにニコニコと微笑んでいる祖父母。
私は心が針で滅多刺しにされているような気分だった。姉はもっと身分の高い公爵様の婚約者がいるじゃないか。
ヒンス様の綺麗な横顔を見つめても彼の視線が私に向けられることはない。私よりも派手で美しい姉のミルネにヒンス様は夢中だった。
「ロゼ、お茶を入れておあげ」
祖母の信じられない言葉に私は驚いて声も出なかった。
——今日は私が主役じゃないの?
「いいのよ、お祖母様。私がヒンス様に」
ミルネはわざとらしく私の方を見ると立ち上がり、わざと……よろけてみせた。無論、紳士なヒンス様はミルネを受け止め……
二人はまるで恋に落ちたように見つめ合う。私は祖母に急かされるようにしてキッチンへと向かった。
どうして、こうなるの……?
「絶対に運命です、ミルネ様」
「あぁ、私もよ。もっと早く出会っていれば……」
「そうだ、僕が公爵様にかけあって……」
「そんなっ、危険ですわ」
「いや、僕は騎士の中でもかなり腕が立つのでもしかすると・・・」
「私なんかのためにっ」
「いいや、君のためならなんだって……」
「でも、ヒンス様は妹のためにここへ来たんでしょう?」
「それは……そうだけれど、まだ婚約前さ。俺の意思がある」
「そんな、妹に悪いわ」
「ロゼさん、すまない……俺は……」
その後、ヒンス様とミルネのイチャイチャを見せつけられながら、私はただただ、愛想笑いをしてその場をやり過ごすしかなかった。
「あぁ、ごめんね。ロゼ」
ヒンス様を見送った後、ミルネが私に言った。私は唇を噛んで、ただ姉を睨むことしかできなかった。
「だって、恋なんて突然でしょう? ヒンス様が私に、私はヒンス様に恋をしてしまったのだわ」
ミルネは嬉しそうに微笑むと私に言った。
「私の婚約者と交換してくれない?」
「えっ?」
「私の婚約者は公爵だけど……あんなふうに綺麗な顔をしていないの。それどころか私だってまだお顔を見たことがないのよ」
ミルネはわざとらしくため息をつく。
「ねぇ、お祖母様いいでしょう? 私はかわいい妹に公爵様をゆずってあげたいの」
むちゃくちゃよ。
私が口を開く前に祖父母がうんうんと頷いた。
「おねぇさま、そんな」
「いいじゃない、あなたは公爵家のお嫁さんになれるのよ?」
(醜い顔だと有名らしいけど)
祖父母に聞こえないようにミルネが言った。悪魔のような笑顔で私を見下した彼女は小さく笑った。
「良い出会いをありがとうね、ロゼ」
私は自分の頬に涙が伝うのを感じた。私は婚約者まで……姉に取られてしまったのだ。