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バッティングセンターの恋  作者: 結城柚月
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第4話「いなくなってから」

 決勝が終わった。結果は優勝だった。が、小野寺の中ではやはり一番の試合があの準決勝だった。尾の熱量を越える試合は今後出てこないだろう。

 表彰式も終わり、球場を撤収し、小野寺たちはいつものグラウンドに戻った。夕日が川を茜色に染める。これから6年生にとって最後のミーティングだ。自分のことじゃないのに、少しセンチに感じた。対して松崎はいつも通りだった。

 監督から今日の反省点をつらつらと説教された後、6年生をチームメイトの前に並べさせた。全員で5人。これでもチームの中で一番人数が多い学年だ。


「じゃあお前ら、一人ずつ何か言っていけ」


 急に始まった監督の無茶ぶりに戸惑いながら、主将がまず口を開く。このチームで頑張ってきたこと、辛かったこと、中学に上がっても野球を続けたいこと、一人一人内容は似ているようでどれも違くて、だけど一人一人の言葉にどれも重みがあった。中には彼らの言葉に涙を流すチームメイトも何人か出てきた。


「じゃあ最後、松崎」


 監督からの指名に松崎は「あはは」と恥ずかしそうに笑った。


「えっと……まずは今日の準決勝、私のせいでチームに迷惑かけてごめんなさい。あのミスがなかったらもっと楽に勝てていたと今でも思います。でも、私がベンチに戻って立ち直れたのは、みんながいたからです。みんながいるんだって思ったら、なんか不思議と大丈夫な感じになって、その後もちゃんとプレーできたんだと思います。だから、みんなもこの仲間を大事にしてください。そして自分をもっと信じてください。私が言えるのはそのくらいかな」


 みんな本当にありがとう、と松崎は挨拶を締めくくる。小学生らしい拙い喋りではあるものの、彼女は最後まで堂々としていた。チームの中で誰よりも、一番輝いていた。周囲からパチパチと拍手が送られる。小野寺も周りに続いた。

 その後コーチや監督からの激励の言葉が送られ、今日はお開きとなった。が、すぐに帰る人は少なく、しばらく6年生に後輩たちが群がるという図が出来上がった。


「小野寺くんお疲れ様」


 ポンポンと肩を叩かれ、小野寺は振り向く。そこには松崎がニコッとした笑顔を浮かべていた。


「あー、今日で最後か―。いろいろ楽しかったなー」


 回顧するように松崎は口にする。グラウンドの方に目をやると、夕日に照らされていたのも重なってなんだか少し物悲しく感じた。


「野球、やめるの?」


 気がついたら口にしていた。自分で口にすると尚更寂寥感が増す。しかし松崎はそんな様子を微塵も見せない様子でクスリと笑った。


「やめない。でも中学校は女子の野球部ないから、ソフトボール部に入ろっかな」

「ソフトボール?」

「うん。野球と少し似てるんだけど……今度店に来たら教えてあげよっか」


 コクリと小野寺は頷く。そっか、もうチームには来てくれないけどバッティングセンターに行けばまた会える。そう思うと少しだけ心が軽くなった。


「また、野球教えてください」


 小野寺は頭を下げた。松崎は振り返ることもせず「またね」とグラウンドを後にした。茜色に染まる彼女のユニフォームの背中は儚さや寂しさといったものはなく、むしろ他の6年生よりも堂々とした背中だった。まるで、「ここまでついて来い」とでも言っているようだった。

 また会えるとはいえ、翌週の練習に彼女がいないのはやはり寂しかった。監督からチーム全体に「もう6年はいないからみんな気合引き締めていけ」と発破をかけられ、一同は「はい!」と大きな返事をするが、人数が減ってしまったため少しだけ声が小さくなった。

 チームの空気も少しだけ変わってしまった。技術面で、精神面で支えてくれた松崎はもういない。小野寺にとっても、休憩時間に特訓してくれる相手もいなくなってしまった。これからはもう一人なのか。否応にもそれを自覚せざるを得ない。この日の練習は今までで一番つまらなく感じた。

 その帰りは迷わずに彼女のバッティングセンターへと向かった。


「あ、いらっしゃい」

「どうも……」


 やっぱり彼女の笑顔を見ていると何故だか落ち着く。ぱあっと小野寺の顔が明るくなった。いつものようにコインを投入し、打席へと向かった。60キロの球にはもう慣れたもので、今は70キロに挑戦している。


「やっぱり初めての時より随分と上手くなったね」

「そうかな」

「そうだよ。ずっと見てきた私が言ってるんだから、間違いないって。小野寺くんも4月から上級生になるんだからもっと自信持ちなよ」


 松崎はそう笑いながら隣の打席に入り、マシンを起動させる。カキン、カキンとヒット性の当たりが続いた。小野寺も空振りこそ少なくなったが、まだヒット性の当たりは少ない。やはり1年続けただけではこの差が埋まることはない。

 30球打ち終え、小野寺は溜息をつきながらベンチに腰をかける。もっと上手くなりたい、と意気込んでいるけれど、なかなか思うようにいかない。


「はい、奢るよ」


 小野寺の隣に座った松崎は、いつの間にか買っていたサイダーを彼に手渡した。小野寺自身サイダーの炭酸にあまりいい思い出がないため好きではなかったが、「どうも」と返すしかなかった。やっぱりまだシュワシュワが口の中に弾けて少し痛い。


「ごめん、苦手だった?」

「ううん、平気」


 そっか、と胸を撫で下ろした松崎は、彼と同じ種類のサイダーを口にした。


「練習どんな感じ?」

「まあまあ」


 まあまあって何? と松崎は笑った。何がおかしかったのか、小野寺にはいまいちよくわかっていない。彼女は足をプラプラと揺らしながら話を続ける。


「また練習一緒に付き合ってあげよっか」

「いいの?」


 彼女の提案に、小野寺は目を輝かせた。彼女との特訓は身になるようなことが多かったので、今後も続けてもらえるととてもありがたい。それに実は彼女には言っていないのだが、松崎との特訓の時間が一番楽しい時間なのである。


「いいけど、でも私が暇な時ね。多分中学になったら部活や勉強で忙しくなると思うから、えっと……春休み終わるまでなら多分大丈夫だと思うな」

「わかった!」


 また彼女と野球ができる。それだけで気分は一気に最高潮だ。理由はわからないけど、彼女と一緒にキャッチボールしたりバッティングや守備の練習をしている時が一番楽しくて心が動かされる。それは一番初めにあの逆転ホームランを見たからかもしれない。最近だとあの逆転サヨナラヒットが更新するかどうかだけれど。


「じゃあ暇になったらいつでも来てね。あと、お小遣いは大切に使いなよ。小野寺くん、毎週来てくれるのはありがたいけどちょっとお金が心配」


 お金に関してはあまり心配はしていなかった。バッティングセンターに毎週通っているのは両親も知っている。そのため父親は毎月のお小遣いとして1200円を小遣いとして彼に渡している。母親は小学1年生にあげすぎなのでは、とこぼしていたが、最近では「テストでいい点を取らなかったり家の手伝いをちゃんとやってくれないとお小遣いをあげない」方針を導入し、何かとこのお小遣い制度を利用している。


「じゃあまた来てね」


 松崎は手を振った。小野寺もぺこりとお辞儀をする。顔のほころびは治らなかった。手と一緒にぴょこぴょこと揺れる彼女のポニーテールは一種の小動物のように見えた。

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