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バッティングセンターの恋  作者: 結城柚月
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プロローグ

 穏やかな散歩日和だった。空を見上げるとどこまでも青が広がっていて、道端の草花も太陽の光を浴びていっそう緑を輝かせている。川のせせらぎが耳に心地よい。

 川沿いに伸びる一本の長い道を小野寺太陽は父親と歩いていた。地域の清掃ボランティアの帰りで、1ヵ月前に小学1年生になったばかりの小野寺にとって、父親の歩くスピードは速く、3歩後ろをついていくのが精一杯だった。

 河川敷が騒がしい。ふと目線をやると、少年野球のチームが試合を行っていた。遠目からでもお互いのベンチからの歓声が聞こえる。


「気になるか?」


 父にそう尋ねられ、コクリと頷く。父親が毎晩プロ野球の中継を見るため野球に対しての興味はあったし、ルールもある程度は理解していたが、実際に生で試合を見るのは初めてだった。

 試合は7回ウラで、ランナーは一塁に残っている。ついさっきバッターがレフトフライを打ち上げたのでこれで2アウトとなった。掲示板を見ると、3対2。少年野球は7回までなので、次のバッターがホームへ帰ってこないと逆転はない。この状況が後攻チームにとってかなりピンチだということが小野寺の目にもわかった。


「お、後攻のチーム、同じ学校の野球チームだぞ」

「そうなの?」


 そう言われると一気に親近感がわいた。頑張れ、と小野寺は心の中で応援する。グラウンドにいる人たちは全員知らない人ばかりだけど、自分の学校のチームが勝つとなるとそれだけで理由もなく嬉しくなってしまう。

 右バッターボックスに打者が立つ。高校生と見間違うくらい大柄なピッチャーに対して、バッターは随分と華奢で、ヘルメットの隙間からは束ねられた長い髪が馬の尻尾のようにたなびいていた。


 女子だ。


 そう思ったのと同時にピッチャーが大きく振りかぶった。びゅんと放たれた白球は、小野寺には見えなかった。あんな球が打てるのか。そう考えさせる刹那も与えず、しかしバッターは臆することなくバットを振る。

 気持ちのいい金属音が青空に響いた。打球は綺麗なアーチを描き、センターの頭上を軽く超える。その間にランナーは二塁を蹴り、三塁、そしてあっという間にホームベースに帰ってきた。センターがホームベースに送球した時点でバッターランナーは既に三塁を蹴っていて、中継の野手がボールを捕球したところで彼女はホームベースを踏んでいた。3対4。劇的なサヨナラホームランだ。


「カッコいい……」


 一瞬でゲームを覆した少女の姿に、彼は思わず釘付けになっていた。少年の瞳の中はあの英雄に支配されていて、まるでスーパースローのようにゆっくり、しかし鮮明に映った。こんな逆転劇なんてプロ野球の中継でも滅多に見かけない。


「すごいなあ、太陽」


 父親の問いかけに答えることもできず、少年は彼女を眺めていた。まだ興奮は収まらない。体中が芯から熱くなる。たった1イニングのプレーなのに、これほど鮮明に記憶に残ることがあるだろうか。


 僕も、あんな風になりたい。


 それは彼の中で、ヒーローが生まれた瞬間だった。

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