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第1章 6

「そうと決まったら、行動は速い方がいい。うかうかしていると、陽が暮れてしまう」

 それからのレオの行動は速かった。

「ロイ。父上と母上に手紙を届けてくれ。それからハンナにも」

「かしこまりました。旦那様宛の分は、仕事先に届けさせますか?」

 ロイの提案に、レオはふむと頷く。

「そうだね。父上はまだ戻ってきていないだろうし……その方がいいかな。火事で焼け出された女性を保護し、しばらく離れで生活させると、そう伝えてくれるか?」

「わかりました」

 一礼して、ロイは動き出す。麦わら帽子の男性に声をかけ、ふたりで足早に去っていく後ろ姿を、レオは見送った。

 ひと呼吸置いてから、彼は背後を振り返る。

「さて。火事を見つけた時の状況なんかの話は、明日にでも改めて聞こうと思う。ちなみに、この中に、最初に見つけた人はいるかな?」

 よく通る声が、野次馬の領民たちに響き渡る。領民たちは顔を見合わせた。

 その中ほどから、ひとりの男性が手を挙げる。

「たぶん、俺です」

「あなたですか。じゃあ、さっそく今から話を……と言いたいところだけど」

 レオは、名乗り出た男性に対し、気遣わしげな表情を向けた。

「あなたも、今日は疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでください。その代わり、明日しっかりと聞かせてほしい」

 名乗り出た男性は、一瞬、不安げな表情を見せる。しかし、すぐに深く頷いた。

「若様がそう言うなら。明日は、朝からお屋敷に伺った方がいいですか?」

「どうしようかな……」

 レオが小首を傾げる。吹き渡る風が、濃灰色の髪を揺らした。

「……現場を直接見ながら聞いた方が、わかることもあるだろうね。あなたの明日の予定は?」

「明日は、畑をやるつもりでした」

「そう」

 わずかに目を伏せて、すぐに視線を上げる。

「明日は私がここに来よう」

「いいんですか?」

「ああ。収穫で忙しい人たちの手を、無理に煩わせる必要はないからね。それに、直接現場を見ながら話を聞きたい」

 そう言って、レオは周囲を見回した。

 焼け落ちた家からは、未だに白い煙が細く薄く立ち上っている。集まった領民たちは、不安げな表情を浮かべていた。

 領民の不安を、取り除かなくてはならない。その前に、まずは困り果てている人を助けなくては。

「レオ様。馬車の用意が整いました」

 レオが決意を新たにした頃、ロイが戻ってきた。ロイのずっと後ろには、見覚えのある馬車が停まっている。カティアの家まで続く道は細くなっていて、馬車ではここまでやって来れないようだ。

「ありがとう。さすがロイは気が利くね」

 素直に笑顔で褒め称える。ロイには手紙のことだけお願いしていたが、気を利かせて帰りの馬車も手配してくれたらしい。

「滅相もございません」

 さらりと受け流すロイの表情は、冷静なものだった。

「カティアさん」

「…………はい」

 カティアに呼びかける。彼女はいつの間にか泣き止んでいた。我が家だったものを、ぼんやりと眺めている。

 名を呼べば、ややおいて返事があった。

「馬車の用意ができたそうだよ。行こう」

「…………はい」

「カティアちゃん!」

 歩き出そうと一歩踏み出したカティアに、誰かが声をかけた。その声に立ち止まり、レオもカティアも揃って振り返る。

「カティアちゃん、若様に甘えて、今日はゆっくり休むんだよ」

 声をかけてきたのは、カティアを迎えに行った男性の妻だった。優しげな顔に、心からカティアを心配する色を浮かべている。

「うん。ありがとう、おばさま」

 小さく頭を下げ、カティアとレオは、ロイの先導する道を歩いていった。




 馬車までの短い道中は、全員が無言だった。馬車に着いてからは、ロイが扉を開け、まずはレオが乗り込む。その次に、レオが差し出した手を取ってカティアが乗った。最後にロイが乗り込んで、全員が腰を落ち着けたことを確認してから、御者に「出してくれ」と声をかける。

 馬車の中の空気が沈黙に満たされてからしばらくして、道が砂利道から抜けたのか、がたがたとした動きが落ち着いた。

「カティアさん」

「……はい」

 虚ろに足元を見つめていたカティアを、レオが呼んだ。のろのろと顔を上げた彼女に、気遣わしげな視線が正面からそそがれる。

「今日のことは、災難だったね。でも、私としては、君だけでも無事でよかったと思っている」

「そう、ですね……。ありがとうございます」

 納得のいっていない声だった。

 家は失われてしまったけど、命は助かった。それが喜ばしいことなのは、カティア自身も納得している。けれども、家族を全員亡くして独りになった彼女には、あの家がすべてだったのだ。

「それで……、その」

 ふいに、レオが戸惑うような声を出す。視線を左右にさ迷わせてから、彼はカティアにとって突拍子もないことを言い出した。

「君がうちに来ることを、恋人に言わなくてよかったのかな、……と心配になってね」

「は……? 恋人……?」

 火事による喪失感と虚無感が、一気に吹き飛んだ。

「え? 恋人? なぜ?」

 突然の、恋人という単語。しかも、カティアにその存在がいることを確信しているかのような発言。それらに、彼女は相手が領主の息子だということを忘れて素になった。

 対して、レオはどこか申し訳なさそうに目を泳がせている。

「いや……君ぐらいの年頃なら、恋人がいるものだろう? もしかしたら、そっちに行きたかったんじゃないか、と今さら思ってしまって……。ああ、そちらに移るのはもちろん構わないよ。ただ、今日と明日ぐらいは話を聞かせてもらわなくてはならないから、うちにいてくれるとありがたいけどね」

 カティアに恋人がいることを前提として、レオの話はどんどん進んでいく。その怒涛の流れに、彼女は目が眩むようだ。

「あっ、あの! その、申し訳ないんですが、わたしに恋人はいません!」

 レオの思考を止めるために、カティアは声を張り上げる。言いながら、こんなことを、初対面の男性に、しかも大声で言わなければならないんだと悲しくなった。

「えっ……いない……?」

「はい。いません」

 濃い青の瞳をまっすぐ見つめて、カティアは頷いた。

「そう……」

 呆けたように呟くレオの横顔を、ロイが黙って見つめる。

「……ま、まあ、このように、うちには馬車もあるし、荷馬車もある。明日以降、荷物を取りに行きたい時には、気兼ねなく声をかけて」

「それは……いいんですか?」

 気を取り直したように、レオは口調を改める。なんとなく早口な横顔を、やはりロイが黙って見つめていた。

「かまわないよ。私がいない時は、このロイに声をかけて」

「ロイ・バルドです。お見知りおきを」

「カティア・オリオールです。よろしくお願いします」

 レオを介して、ロイとカティアは頭を下げ合う。

「ロイは私の側近で、親友で、頼れる兄のような存在なんだ。よろしく頼むよ」

 黒髪黒目の男性は、相変わらず寡黙な表情だ。レオだけが、どこか誇らしげである。

「うちに着いたら、さっそくいろいろと話を聞かせてもらうね。疲れているだろうに、すまないね」

「いえ、大丈夫です」

 緩くかぶりを振って、カティアは薄く微笑んだ。

 それから、また沈黙が馬車の中に満ちる。車輪が地面を駆ける軽快な音を、カティアはただ聞いていた。

次の投稿予定日は9/22(火)です。

次回からは第2章です。

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