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ラブコメ嫌いのアンチテーゼ  作者: 憂無 暁
1/1

俺がラブコメを嫌いになった日

「あれ、君にしては珍しい」


部長が声を漏らす。


陽の光を燦々と浴びて煌めく長い黒髪、窮屈な部室で広々と居座る部長を見ると、「らしい」と思う。


「ま、たまにはいいでしょ」


俺は誤魔化した。


「ストックが切れたとか?」


俺の雑な誤魔化しも看破されて、部長はなおも話題を広げようとする。


この人はそういえば好奇心が旺盛というか、分からないことを知りたがるのだ。


「そんなとこです」


俺はこの話題を広げたくなかった。

虫が悪くて、格好がつかなくて、惨めだ。そんな俺の些細な変化だ。


「ふーん…」


部長は納得していなかったが、話題を広げるのを取り止めた。


というより、どう質問するかを尋ねあぐねているのか。上の空で頬杖をつきながら、本を広げている。


「今日何読んでるんすか」


部長は無言で、本に栞を挟んで、しゃれたブックカバーを外して表紙を見せた。


江戸川乱歩短編集。


「分かった、実は君の持ってる本の中身はラブコメなんだろう?」


「そんなわけないでしょ」


俺も部長に倣って、今読んでる本に栞を挟み掲げる。


人間失格。


「表紙をちゃんと見せないと」


「これが表紙です」



「高校1年生にもなってまだ中二病か?」


「太宰治読んでる人間全員中二病みたいに言うのやめてもらえませんか」


「実際そうだろう」


否定は出来ない。俺だって人間失格をこれ見よがしに読む奴はちょっと痛いと思う。


「しかし、君はラブコメしか読まないのだと思ってたよ。毎日キモいなぁと思ってはいたがやっと更生したんだね」


「キモいって…」


現役女子高生にキモイと言われるのはなかなかキツい。


ふぅ…まぁ、ラブコメが嫌いになったのは事実だ。


「ま、色々あったんすよ」


「うわキモ」


「…」


部長の態度が酷すぎるあまりに退部届を叩きつけてやりたくなったが、ここは冷静にいこう。

そう、あるラノベ主人公の親友を見習ってステイ・クールの心だ。


俺は立ち上がって綺麗におじぎをした。


「部長、方向性の違いから退部させていただきます。今までありがとうございました」


「はいはい、私が悪かったから機嫌治したまえよ」


「たまえよなんて言われちゃ仕方ないっすね」


というか、実際「たまえよ」とか言う人いるのか?

いや、ここにいるけどさ。


「それで、どうしたんだい?」


「どう、とは」


はぁ…と部長が溜め息をついた。


「どうせ話題も無いんだし、君の尊厳もここでは無いに等しいんだから大人しく話したらどうだい?」


口数が多くなってイライラしてる、いや実際にはフリだろう、ということで俺は大人しく自供することにした。


ちなみに部長は多分怒ると静かになるヤクザタイプだ。そこまで長い付き合いでは無いから知らないけど。


「ラブコメを読み始めたのは多分中学2年くらいの頃なんですけど…」


「オタクってすぐ自分語りするよね」


「部長が話せって言ったんでしょ」


「君の過去までは聞いてない。原因だけ話すこと」


たしかに、相手の聞きたいことも理解せずに話をするのは隙自語オタクの悪いことだ。


こほん。と仕切り直して言う。


「端的に言うと、この土日に見たラブコメがクッソつまらなくて萎えました」


「単純だね」


そう、言葉にすればここまで単純なのかと自分でも驚いた。

しかし土日に向き合ったこの内的葛藤は捨て置くことは出来なくて…


「なんというか、許せなかったんですよ。作者の文章力は本当に高い。しかしまぁラブコメとしての相性と見事にミスマッチしていて、なんつーかゲテモノ…」


「ふーん、それでタイトルは?」


「…」


言えるわけがない。


お前は母親に向かってエロゲーのタイトルが言えるか?ましてや、花の女子高生、それも学園の黒姫と名高い(俺調べ)部長に言える訳がない。


それに、最近のラブコメというかラノベはタイトルが長い。横書きにして4行から6行。それが更に恥ずかしさを増強させるのだ。


どうして最近のラノベってあんなにタイトル長いんですかね?


「言えないと?」


「はい」


「そっか、じゃあ…」


ごくり…


「君のこの小説をクラスにばら撒く」


そう言って部長は俺の恥部をちらつかせた。

ピシリと、空間が凍りついた。


「え、ちょまっ、それ反則でしょ!いやあかんやつ!ガチのあかんやつやん!」


それは俺が文芸部に入って最初に書かされたモノ。

春夏秋冬のうち、夏期号以外は門外不出で、今も文芸部の部室には過去の勇士達の遺骸が残っている。


ちなみにそれは失礼だけど、たった一つを除いて全て黒歴史と言っていい。勿論俺が書いたやつもしっかり黒歴史だ。


「しょうがないだろ?それぐらいしか私には君の弱みがない」


「その脅すのが当然という考えやめませんか」


「もっと弱みを見せてくれてもいいんだよ?」


クソ…手段を選ばないやり方は最悪だが、効果的だし、声は良いしついでに顔がいい。


「はぁ………クラスのグループから追放されたけど、突如目覚めた主人公スキルのせいでモテモテすぎて楽勝に生きます〜現代日本でハーレムっておかしいですか?ってやつです」


あぁ、雀のさえずり。これが春か。


「……どういうタイトルだって?」


「いや、絶対聞こえてますよね!?」


「ごめんね、ちょっと耳を疑って」


「そりゃ、俺も疑いましたけど…」


本当に、こんな長いタイトルよく付けたもんだ。ほとんどあらすじだろ。


「どうせ一回言ったんだから、二回も変わらないだろう?もう一度頼むよ」


「そっすね、『クラスのグループから追放されたけど、突如目覚めた主人公スキルのせいでモテモテすぎて楽勝に生きます〜現代日本でハーレムっておかしいですか?』です」


「やはりか…」


そう言って頭痛を抑えるような仕草をする部長。うん、俺も同じ気持ち。


「そりゃ、俺だってこんなタイトル頭痛がしますよ。でもこれが現実です」


「いや、そうではなくて…うーむ」


どうやら、部長の様子がおかしいがどうしたんだろうか。必死に部員再教育プログラムでも練っているのかもしれない。こわすぎる。


「参考までに、君はどうしてその小説を読む気になったんだい?」


「あー、なんだったかな…確かずっとランキングの方で上だったのが気になったからですね」


まぁ、結果はこの有り様だ。

あの日俺は周りに流されずに生きて行こうと固く誓った。


「人気は出るのだがなぁ…私も掴みきれてないのだよ」


「…?部長これ知ってたんですか?」


そして、きょとんとして部長は言う。



「知ってるも何も、私の作品だよ」



「……え?」


ワタシノサクヒン、わたしのさくひん…


「え、それ部長が作ったやつ、ですか?」


「ああ、恥ずかしながら拙作と言う他無い」


いや、でもそんなはずが…


俺は慌てて部室の本棚から一冊の本を取り出す。



『あなたが失った5つの鍵』


数多くの黒歴史を生み出したこの文芸部において、唯一のホンモノの小説。


正真正銘の、高校1年の現文芸部部長が書いた、笹原凛が書いた唯一の小説。


俺は再度ずらっと流し読みする。


俺が、多分人生で初めて泣いた小説だ。


恐れ多くも小説家志望の俺が敬愛して止まない、小説だ。


流し読みでも、初めて読んだ感情が瞬く間に呼び起こされる。


文字の世界に沈んでいく。


物語はある日突然始まる。


主人公、仲原藍美の友達、川本美玲が突然記憶を失う。


しかし代わりに謎の記憶が美玲には埋めこまれていた。


「私、5つの鍵を無くしちゃったみたい?」


勿論、鍵とはホンモノの鍵では無い。


その正体不明の記憶と向き合う美玲を支えながら、持ち前の行動力で主人公は謎を解いていく。


ジャンルは、冒険活劇でもあり、ややSFでもあり、推理ものでもあり、友情ものでもある。


これでもかってほど、自由に要素を詰め込んだ小説に俺は度肝を抜かれた。


小説ってのはこんなに自由に書いてよかったのか。


部室で読み終わった後泣いてしまったところを、部長に見られたのは恥ずかしかったが、それほどこの小説は凄かった。


それなのに…


「やっぱり、いつ鍵は面白いっすね」


「その略称、私は認めてないがな」


どうして。


「部長、どうしちゃったんですか」


「どう、とは?」


はぁ…と、俺は溜め息をついた。


「文章力は本当に高い。改めていつ鍵を読んで、そしてあのクソ長ラブコメを読んでもそれは凄いと思います」


「…」


「大衆の人気に寄せられたんですか?はっきり言いましょうか。あの作品はあなたらしくない」


「…」


それでも部長は押し黙ったままだった。


少しばかり、沈黙が部室中を包んでいた。


やがて、部長は口を開く。



「書いている時は楽しいんだけどね」


はぁ…と部長はまたしても溜め息をこぼす。


「全く…何も思いつかないんだ、原案が」


俺は思わず息を呑んだ。


「こういうのを、スランプって言うんだろうね」


俺はこの日、天才小説家のスランプを知った。

気ままにやります。

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