-疑惑-
「ディル……!」
「やぁ、ユアン」
コツ、コツ、と靴を鳴らし歩みを進めてくるディルに、ユアンは剣を突き出す。
「何をしているんだ」
「嫌だな、やめてくれよ。俺と君の仲だろ!」
「何をしているのか、と聞いているんだ」
初めて会ったとき以来一度も話していないディルが、旧友への挨拶かの如く戯けてみせた。しかしユアンの低く冷たい声に、ため息を吐く。
「逃げようと思ってさ。起きたら急に火事になってて怪しい奴らが動き回ってるし、逃げ道探してたらユアンがここに入って行くのが見えて」
「騙されちゃダメだよ」
ペラペラ話出した口を静止させるように、少し大きい声でナスカが言う。
「君が何者か、僕は知ってる。」
「……これはこれは、ナスカ様。私が覚えている限りではお目にかかるのは初めてかと存じ上げますが?」
一瞬驚いた顔をしたディルだがコロリと態度を変えてにこやかになった。それでもナスカは彼を真っ直ぐに睨みつける。
「君は知らないだろうね。あの話をしている時、僕が聞いていたことを。」
「……なんの話ですか?」
ディルが戯けた態度で聞き返す。
「"魔女"の手引きをしたのは君だ」
一体2人がなんの話をしているのか理解が追いつかないユアン。剣を握る手だけは緩めず、ニヤニヤ笑うディルを同じく睨みつけた。
「はははっ!まさかね!あの話だけでそこまで理解したのかい?大した子供だよ本当に」
地下に響く高笑い。同時にディルは剣を引き抜き、ユアンに向ける。
「じゃあ、死んでもらおうかな。」
「走ってください!」
突き飛ばされたナスカは反射的に走り出すが、何度も後ろを振り返る。
2人の剣が交わり鬩ぎ合っているが、流石に体力が低下しているユアンが押され気味になる。
「ユアン!」
「っ、いいから!早く外へ!」
いるだけ無駄かもしれないと判断し、ユアンの無事を願いながら走り続ける。地下水道は道なりに進めば出口が見つかるが距離があった。
「はぁっ!はぁっ!」
ナスカは四兄弟の中でも特に体力がない。軟禁状態の生活を強いられていたからだ。それでも足を止めず何度転んでも走り、煙を吸って弱った肺を酷使しても走り、やっと出口を見つけて這いずるように外へ出た。
外は非常に暗いが森の中だと直ぐにわかり、出口の側睨みを潜めて無事を祈りながらユアンを待つ。
しかしユアンは10分、20分、いくら待っても来ない。不安な気持ちが膨れ上がると同時に、コツリと靴の音が鳴る。ナスカは、ユアンが来たんだと思わず喜びと安心感で立ち上がりそうになるが、ふと思い出して体が固まる。
ユアンは、足音がしただろうか。
暴力的な母親が来る足音いつも気にしているためか、ナスカは耳がいい。よく来る侍女や執事の足音も把握していて、ユアンだけ足音がほとんどしないことも知っていた。ユアンの足音でないと分かると、途端に恐怖感に襲われ動悸が激しくなる。
「みーつけた」
息がヒュッと喉の奥に入り込み心臓を一瞬止めた。
恐る恐る見上げると、ニタニタ笑うディルがそこにいる。頬には血。
「はあ、無駄な体力使った。あの女本当に強いね」
「あ、ああ……!」
「ん?この血?そうだよ、君の大好きな騎士さんのだよ!」
信じたくないと首を横に振るナスカと目線を合わせるようにしゃがみ込むディル。
「王族のお坊ちゃんには酷だったかな?ああでも、もっと酷な話を知ってるんだもんね。魔女に体を乗っ取られて子供に暴力を振るう母親の話とか。」
「っ!」
「なんで君だけあんな扱いだったかわかる?それはね、君が魔法を使うからだ。魔女にとってあの魔法は毒も同然なんだよ?」
「そ、そんな」
「君が母親を殺したんだ。よかれと思ってやったことは全て逆効果!」
ナスカは昔、突然病に伏せた王妃の前で一度だけ魔法を見せたことがある。綺麗な光を見て元気になって欲しかっただけだったが、それは逆効果になり病状は悪化した。まだ幼かったナスカはその事を理解できず、ただ急に悪くなってしまったと思っていた。ディルの話す内容に頭が真っ白になる。
「こちらとしては君の中途半端な光の魔法のお陰で、常闇の魔女が復活出来たわけだし。感謝してるよ?」
「常闇の、魔女……?」
「知るわけないよね、中途半端な魔導師さん。まあもう死ぬし、君には関係ないから。じゃあね!」
ディルは立ち上がり、剣を振りかざす。




