-不穏-
何日か後に、夜中に王妃が出掛けると言い出した。いつも護衛騎士を一人もつけずに行くらしい。ユアンとナスカはお互いの関係が悟られないよう出来るだけ距離をとって接していたため、陛下から言われた”近づき過ぎるな”という警告を守っていると思われている。
それでも王妃からナスカへの暴力は無くなることもなく、距離を置いているふりだからこそ助けることが出来ない自分に、ユアンは苛立ちを覚えた。
少しでもナスカを助けようと王妃がいない夜は傷の手当をしたり、2人で情報の交換をしたり、ナスカが眠るまで側にいたり、遅い時間でも一緒に食事を取るようになった。
そして2週間後。王妃が丸一夜帰ってこない日があった。2人は自由に図書室の本を読み漁り、いつの間にか次の日の朝になっていた。
「失礼しますね」
起きてすぐ突然鏡の前に座らされキョトンとしているナスカ。
「なに?」
「前髪邪魔じゃないですか?」
「えっ。うんまあ……そうかな」
ナスカは自分の前髪や襟足に触れ、そういえば最近本が読みづらいなと思った。
「切ってくれるの?」
「はい。そんなに切らないので失敗はしないと思いますよ。」
「なら、切ってほしい!」
「前向いていて下さいね。」
笑って鏡へ向き直ったナスカの髪に慎重に触れ、ハサミで切りそろえていく。
「ねぇユアン、病気の件わかった?」
「すみません、まだです。急に病状がひどくなって次の日から人格が変わる……そんな病気どの本にも載ってませんでした。あれはまるで、何かに取り憑かれたような……」
そこまで言って、ユアンは少し言いすぎたと思い口をつぐむ。誤魔化すように首についた髪を綺麗に払い、片側だけ長いままの髪を三つ編みにしてゴムで結いた。
「なっ、なにこれ!女の子みたいで恥ずかしいよ!どうせなら切って」
「なんだか勿体無くて。それに、とても似合っていますよ?」
似合っていると言われて満更でもないのか、照れ隠しでそっぽを向いてしまうナスカ。そして思い付いたかのような顔で今度はユアンを鏡の前へ座らせる。
「ナスカ様?」
「いいから。」
ユアンの紺色の長い髪を櫛で優しくとかす。
「ダメですよ一端の護衛に!」
「僕は、ユアンと対等で居たいんだ。いつも助けてもらってるからこれくらいさせて」
焦るユアンを無視して、見様見真似の一本の太い三つ編みを結いた。
「三つ編み出来るんですか?」
「ううん、さっき初めて見た。上手い?」
「はい、とっても上手です。ありがとうございます。」
お世辞ではなく本当に綺麗に出来ている三つ編みを褒めると、ナスカは年相応に笑った。
「ところで、ナスカ様の方はどうだったんですか?」
「そうだ。ユアンに伝えなきゃいけないことが……」
バァンッ!
そこまで言いかけた途端、突然大きな音を立ててドアが開き、ユアンは何事かとナスカを庇うように立つ。
そこには、鬼の形相で荒く息をするプレア王妃の姿。それを見てナスカは大きく肩を跳ねさせ、途端にブルブルと怯え出した。
「……何事でしょうか王妃殿下。」
怒り心頭に達しているのは明白だが、敢えて何も知らないただの護衛を演じるユアン。
「何をしているの!?」
王妃は高音で叫びながらユアンの髪の毛を掴み引っ張り上げ、大きく揺らした。そのせいでせっかく結んだ三つ編みは解けぐしゃぐしゃになってしまい、ナスカは初めて怒りで泣きそうになる。
「っ!」
「退きなさい!」
王妃とは思えない力でユアンを突き飛ばし、その矛先はナスカへと向かう。大きく手を振り下ろしナスカの顔を叩いた。
「おやめ下さい王妃殿下!」
ただ蹲るナスカに覆いかぶさって何とか庇うと、王妃は更に激怒した。
「この!この!下賤な民の分際で!」
ユアンの背中を鞭で何度も引っ叩くが、決して動かない。何度も、何度も、服が破けるほどに叩かれても腕の中で震えて泣いているナスカを守るため、絶対にそこを退かなかった。
暫くすると鞭の雨は止み、感情と身体の疲労で王妃は突然その場で気を失った。
「うっ、うっ……!」
急に静かになった部屋にはナスカの押し殺す泣き声だけが響く。
少ししてから執事が慌ててやって来て、ユアンたちには何も声をかけず倒れた王妃を運んで出て行った。
「うあああ!」
ナスカは堰が切れたように声をあげた。そしてフラフラと立ち上がる血だらけのユアンを見て更に泣く。
「ポーション!ポーションはどこ!」
「大丈、夫です……から」
「嫌だ!」
急いで部屋を出て行ったナスカを見て、ユアンは痛みで意識を飛ばしてしまった。




