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サイハテノハテ  作者: そるとん
-序章-
1/9

-代役-






こちらを見ている。翡翠の瞳を宿した猫が。猫は川の上にある橋から飛び降り、口角を上げた。


《行こう、あの》


猫が話すはずなどないのに、何か途切れ途切れで言葉を紡いでいるように聞こえた。聞き取れない言葉を残して、光の中へ消えていく。どんなに呼んでも、手を伸ばしても、もうこちらを振り向くことはなかった。



「ん……」



日が昇り、鈴のような声で鳴く小鳥たちが彼女の耳元まで届く様に囀る。それに反応した身体は質素な木材で作られたベッドで寝返りを打とうとしたが、突然宙に放り出された感覚と痛みで飛び起きた。ベッドから落ちたようだ。


彼女は誰も見ていないはずの一連の流れに恥ずかしくなり、痛む腰を上げてふわふわと揺れるカーテンを左右に引っ張る。湿った部屋へ寝起きの太陽の日差しと、風が流れ込む。


「またあの夢か」


1年ほど前から見ている謎の夢に、彼女はため息をつきながらもう一度ベッドに腰掛ける。毎日のように見る夢でも、少しづつ変わってきているのが不可解だった。最初猫はそっぽを向いていて、目が合うことはなかった。それからだんだんと距離が近くなり、何か言いたげな表情をする。飛び跳ねたり、走り回ることもある。たった今彼女が見ていた夢では、猫の口から何か言っている様だった。


「おーい!」


考えても仕方がない、と空気の入れ替えをするため開けた窓の外から声がして、顔を外に出す。二階の窓と同じ高さにある木の陰に隠れている友人のベッツが、満面の笑みで手を振っていた。それにゆっくりと手を振り返す。


「うーん……」


姿見の前で腕を組み唸る彼女は、デート前の気合の入った女の子にも見えるが実際はそんなものではない。

これから王都からの緊急要請でしばらく家を開けなければならなくなり、王都に行く様なそれらしい服など持ち合わせていない彼女の憂鬱な姿だ。先日届いた手紙を睨みつけ、頭を抱える。



《ユアン・ロベルト


竜騎士レイト・チェスターの不在により、代行して其方へ第四子息の警護を、エバーラスト現国王アルフレイより命ずる。

明日の正午までに、此の書を持ち王城へ》


間違いなく彼女、ユアンに送られてきた国王陛下から直々の手紙だ。

このエバーラスト王国のトップに立つアルフレイ・メラルールには4人の息子がいる。

第一皇子、アッシュ。

第二皇子、ヒューイ。

第三皇子、クエイク。

第四皇子、ナスカ。

どうやらその御子息の内のナスカを、最高位騎士と謳われる竜騎士の代わりに護衛しろとのことらしい。

本来であればこの様な大役を、下町民であるユアンに任せられる事はない。しかしユアンは4年前まで騎士であり、それも逸材であった。史上最年少での騎士就任、加えてそのめざましい才は王国では高く評価され、アルフレイ国王は実にユアンを可愛がっていた。


だが、ユアンは母の死をきっかけに心を閉ざし騎士を辞めた。数年間経った今では多少立ち直っているにしても、自分が騎士でなければ母を救う事ができたのではないかと悔やむ気持ちが残っている。


あの時、私がお母さんの側にいれば。


後悔の念に押し潰されそうになるユアンの思考を止める様に、一階の玄関のドアが強めにノックされた。

ユアンは待たせていたベッツを思い出して、使い古されたをクレイモア腰に差し、暫しの別れを惜しんで部屋を後にした。

家を出ると、待ってましたと言わんばかりの笑顔でベッツが近寄ってくる。



「今日が王都に行く日だろ?」


「そうだよ」


「寂しくなるな!」


ベッツはユアンと同い年の少年だ。医者である父の仕事を手伝いながら暮らしている。剣の腕はからきしで、いざという時の為にユアンに稽古をつけてもらっていた。

母の死が原因で家に閉じこもっていたユアンを励まし続けてくれたのは彼で、ユアンにとって1番の友達である。


「無事に帰って来いよ!」


「ただ城に行って、暫くしたら帰ってくるだけだ。心配しすぎだよ」


「でも護衛なんだろ?なんかあるかもしれねぇじゃねぇか」


「まあそれは、そうかもしれないね。気を引き締めて行ってくる。」


「おう、気をつけて!」


今から父親の手伝いで王都の外へ行くらしいベッツと別れ、町の中心でここから見えるほど相変わらずふんぞり帰って建っている城を見上げた。


「遠いな」


誰にも聞こえない様な声でぽつりと呟いたが、どうやら隣に誰かいたようだ。驚いて弾かれたように振り向けば、下町の花屋の店主、ソラが穏やかな笑みで立っている。


「おはようユアン、何が遠いのかね?」


「……ビックリした。ソラさん、居たなら言ってよ。あそこ、王城に行かなきゃならなくなってね。」


「あらあら、騎士に戻るのかい?」


「まさか。ちょっと呼び出しを受けただけ。暫く家を出るからお店へは行けないけど、ごめんね」


少し残念そうにした老婆に手を振って別れる。


「ユアンおはよう!今朝採ってきたばかりのレッドハーブだよ!グリーンハーブもつけるから買っていかない?」


立ち寄った道具屋の店主は棚から様々な、体力回復用ハーブを取り出すがユアンの目線は隣の棚のビンへと移っていた。


「今日はハーブはいらないや。代わりに、そっちのリペアポーションを買うよ。」


リペアポーションは体力や外傷の回復を促進する薬で、ハーブよりも絶大な効果が得られるのだが値段は倍以上するため中々購入する事はない。


「珍しいなポーションを使うなんて。」


「今回は少し長く出掛けるから、ハーブだと枯れてしまう」


「そうか。毎度あり、気をつけてな!」


 

少ない所持金の入ったマネークリップを胸ポケットへとしまい、ビンが割れないようにと紙袋で包んでくれたポーションもカバンへしまいながら、走り回る子供達を避けて歩く。


「ユアン!どっかいくの?」


「どこいくのー?」


珍しく貴族街の方へ行こうとするユアンに、子供達が立ち止まる。


「お城へ行くんだ。」


事実を述べれば子供達の目はたちまち輝きだし、口々に騒ぎ出した。


「おひめさまになるの?ドレスきるの?」


「王子さまとけっこんするんだ!」


「ちがうよ!きしになるんだよ!」


「かっこいー!オレもなりたい!」


男の子も女の子もそれぞれの想像で盛り上がるので、ユアンは思わず吹き出した。


「お姫様にも騎士様にもならないよ。王子様を助けに行くんだ」


目線を合わせる様にしゃがみ込み、全員の頭を撫でると1人の女の子から更に首を傾げた。


「王子様になるの?」


「ははは!王子様を助ける王子様か。」


勘違いしたままの子供達に手を振って、ついに王都へと続く長い階段を前にする。本当にこの姿でよかったのか、言われた通り手紙は持ってきたか、などと色々なことが頭を巡るが全て振り払って階段に足を踏み入れた。街並みも行く人も気品が漂う為か、ユアンは浮いて見え、貴族たちの目線が一気に集まる。



「やだ。女性なのに腰に鞘をつけているわ」


「見た目も何だか小汚い……下町民ね。」



大きな日傘を片手に隠す気のない陰口を言う貴婦人の前を横切り、下町では見かけない装飾品店前を通過。

目指すは時計塔のさらに奥にある王城。

豪華な噴水や銅像があるが、それを立ち止まって見ている人は誰もいない。少し寂しさを感じるほどに。

暫く歩けば思ったよりも遠い王城もだんだん近くに見えてきていて、不愉快な視線もあってか無意識に歩くスピードを速めていた。賑やかな通りを抜け一本道へと入ろうとした時、誰かとぶつかってしまう。


「あ、すみません」


「いえ、こちらこそ。」


ユアンは謝って通り過ぎようとしたが、ぶつかった男の着ている服が鎧だと気付き、すぐに顔を上げる。


「君はもしや、ユアン・ロベルト殿ですか?」


「あ、貴方は、レイト・チェスター様!」


180センチほどの身長と鎧の上からでも分かる鍛え抜かれた身体とは裏腹に、彼は随分と幼い顔つきをしていた。


「はい、いかにも私が。」


「失礼しました。本日から代行として第四御子息の護衛を務めさせていただきます」


「かしこまらなくて大丈夫です。急なことで申し訳ない」


「いえ、光栄です。」


「実は急な任務に就かなくてはならなくなりまして、暫く王城に戻りません。夜間は深く眠ることが出来ず大変な思いをするかもしれませんが、よろしくお願いします。」


ユアンが慌てて敬礼をすると微笑んでレイトも敬礼を返し、そのまま部下を引き連れて賑やかな通りの方へと歩いて行った。


竜騎士とは王国騎士の最高位に位置する、王族直属の護衛。戦闘などにも非常に長けてはいるものの、近年は他国との抗争も無くなりつつあるため、戦場に出向くことはほぼ無い。


数少ない竜騎士が城を離れてまで就かなければならない任務って、一体なんなんだろう。


不思議に思ったユアンだが、すぐそこにある城門を前に気を引き締め直し、考えるのをやめた。何故か門番がいないので、仕方なく呼び出しの鐘を鳴らす。


「ユアン・ロベルトです!」


大きな声が庭内にこだまする。すると城門がゆっくりと開き、二等級騎士の紋章を胸に付けた騎士が歩いてきた。

王城からの手紙を見せると眉をしかめてユアンの顔と手紙を何度も確認し、渋々の様子で中へ入れた。


「ついてこい」


素っ気なく言われさっさと先へ進んでいく騎士の後ろを、やや緊張気味な足取りでついて行く。


「まず、国王へ挨拶をしてもらう。くれぐれも失礼のないようにしろ」


「はい」


騎士は玉座の間の開閉係に小さい声で話しかける。


「レイト・チェスター様の代行者を連れてきた」


少しすると重々しく開かれた扉。玉座に座る、この国の王と王妃。窓から射す光のせいで前を向くのが精一杯だ。


「王国の太陽と月に謁見申し上げます。アルフレイ国王陛下、プレア王妃殿下。ユアン・ロベルトです。」


「……久しいな、ユアン」


「お久しぶりに御座います」


片膝を付き頭を下げたままの状態でいると、国王が自らユアンの元まで歩いてきた。驚いて思わず顔を上げるがその表情は逆光で見えず、そのままユアンは抱きしめられる。


「へい、か?」


「無事でよかった」


声色には安堵感が含まれていて、肩は少しばかり震えている様に思えた。そのまま少しの沈黙の後、アルフレイは意味深な言葉を小さい声で紡いだ。


"あの子を、頼んだぞ"


「え……」


それだけ言うと国王は立ち上がり、玉座に戻る。今の行動と言葉の意味と、真っ先に駆けつけてくれそうな王妃の様子がおかしい事に気がついたユアンは、何も問わずに外へ出た。


陛下の言葉からは強い信頼を感じた。そもそも現在騎士ではない私に護衛を頼む事自体は異例だけど、先ほどの行動からして何か考えがあっての選択だったように思える。私にしか頼めない、何かがあるのではないか?でもそれは一体なんなんだ。第四王子は、何か危険に晒されている?


「ここを通る右が食堂、左が倉庫、正面に見習い・下級騎士の手洗い場と風呂場だ。」


考え事をしながら歩いていたユアンは、騎士の声にハッとする。前を見ると怪訝な目で返された。


「おい、聞いてるのか」


イラついた声で問われたユアンは焦って謝り、一階の案内説明を適当に受けた。二階、三階へと上がるとある部屋の前で立ち止まっる。


「こちらがお前の警護する、第四王子様の御部屋だ。その隣はレイト様の部屋。お前が好きに使っていいとのことだ。部屋には寝床と手洗い場と風呂場の完備はしている」


「はい」


「以上になるが、他に質問は?」


「ありません」


「では、第四王子ナスカ・メラルール様に挨拶を」


彼は部屋をノックして、扉を開けた。返事もないのに、勝手にだ。驚きと戸惑いでワンテンポ遅れるユアン。


「ナスカ様、レイト様の代行者が挨拶に参りました」


「失礼します」


続いて中へ入ると、ベッドに座って本を読んでいる少年の姿を目に捉えた。少年もといナスカも、美しい碧眼にユアンの姿を映す。お互い固まってしまい、少しの間沈黙が流れた。


「……王国の第四の星に謁見申し上げます。ナスカ・メラルール様。私はレイト・チェスター様の代行として参りました、ユアン・ロベルトと申します」


義務的な挨拶を済ませ深々と頭を下げたが、いつまでたっても言葉が返ってこないのでついに頭を上げる。


「……うん」


彼は顔を上げたユアンから目を逸らし、小さく頷く。思ったよりも反応が薄かったので、困ったユアンは後ろに居ると思っていた騎士に助けを求めようとしたが、すでに彼の姿はない。許可もなく出て行ったのだ。今度は怒りさえ生まれてきた。


「……レイトの代わりね」


「は、はい」


「そう」


「こう見えても、騎士並みに腕は立ちます」


「君が?」


「はい」



少年は疑いの眼差しでユアンを見るなり、興味をなくしたのか手元の本に意識を移した。それ以上彼からは何も帰って来ないのでそそくさと部屋を後にしようとすると


「行こう、あの最果ての果てまで」


ドアを閉める直前、何か聞き覚えのある言葉が聞こえた。ドアノブを持ったまま硬直し、ユアンはいつも見る夢を思い出す。


「今のは……」


夢の猫が言っていた言葉に何か意味があるのだろかと本を見て調べたりしたが、結局何もわからないまま現在に至る。


「(ナスカ様は何か知っているのか?)」


当然本人に問いただすことも出来ない。モヤモヤした気持ちを抱えながら部屋へと戻り、改めて生活感のない閑散とした空間を眺める。家具なんてベッドと机があるくらいだ。

荷物を無造作に置き、時計を見る。時刻は未だ正午にも満たない。それを実感した途端可愛くない腹の虫が腹をノックした。


「そういえばご飯を食べてない」


ユアンは食堂へ向かうことにした。

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