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籠の中のアレッタ  作者: 砂臥 環


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5/6

ヒース・後

 

 初めての回収は意外にも、滞りなく行われた。


 当初「ヒースは真面目過ぎる」と娼館主の決定に反対も出ていた。皆、彼の複雑な気持ちを慮る一方で、巫女に対する対応を懸念してもいたのだ。


 だがヒースは結局、何も特別な行動はとらなかった。




 アレッタの時と違い雪は降っていなかった。特に邪魔が入ることもなく……巫女は籠に入れたまま、直接娼館まで送り届けることとなった。


 馬車の中──蓋を開けて逃がそうと思えば幾らでも機会はある。だがヒースにそんな気持ちはなかった。



 ヒースの姉は、所在どころか生死もわからぬまま。考え難いが、逆側から逃げたのならば『聖域』とされる森よりも、もっと深く続く森……生きている可能性は低い。

 だが、ふたりは町にはいなかった。


  (……俺がなにもしなければ)


 ──少なくとも、生きてはいた。



 その一方で、未だに受け入れ難い現実を思うと……なにが正しいのかなんて、彼にはもうわからなかった。



 それに、知りたかった。

 巫女の選択を。



  (蓋を開けて、出てきてしまえばいい)


 自分ができなかったその選択をしてくれたなら……完全に村から解き放たれる、そんな気がして。



 しかし巫女の判断は、ヒースに村との結び付きをより強く意識させることとなった。



 『銀猫』に着き、蓋が開かれ……諸々の説明を受けた巫女の少女が動揺したのは、初めだけ。彼女は気丈にも微笑み、すぐに決断した。


  「村がそれで助かるのなら……神に捧ぐも同義でございます。ならばこれも神の御導きなのでしょう」


 たがこれは彼女が特別強かった訳ではない。


 最初の籠の巫女への説明は、ヒースがアレッタにしたものとは大きく違っていた上、なによりも……同性であり、元・巫女の娼婦が行っていた。

 なにも彼女は嘘を吐いた訳ではない。当初の自分を振り返って、安心感を与えながら、穏やかに諭しただけだ。それに、彼女は娼婦以外の仕事を知らないし、今の生活にそれなりに満足していた。

 余談だが、ヒースがアレッタにした説明は若干の嘘を混ぜている。彼にしてみれば、そうせざるを得なかったのだが。



 やんわりとした都合のいい、元・巫女の()()を欺瞞だと思えど……それもまた言い換えれば優しさだと、ヒースは既に理解してしまっていた。



 一番目の少女はヒースの3つ下。名をティナという。……見知った娘だった。

 もっともティナの方は、変わってしまったヒースには気付いてない様子だったが。




 それから数年が経ち、また巫女は捧げられた。

 二番目の少女からは、ヒース一人の役目。それはアレッタの時より更に、雪の強い日のことだった。

 仕方なくヒースは森小屋へ籠ごと巫女を連れていった。


 だが蓋を開けた後は、説明どころではなかった。


 いきなり知らない場所に知らない男──

 まずそれらと、()()()()()()()()()()()動転した彼女は、逃げ出した。

 (かんぬき)を下ろしていないのが災いし、外へ出た彼女を待っていたのは深い雪。当然ヒースは簡単に彼女を保護できる筈だったが、運悪く彼女は傾斜から足を滑らせた。


 積もった雪と絶え間なく降り注ぐ雪の中……落ちた位置がよくわからない状態でヒースは姿の見えない少女を探し、必死で雪を掻く。幸い、比較的早くに見つかった。

 だが箱の中にいた時間もあり、指先に軽度の凍傷──処置はしたが、それ以上はもうどうにもならない。痛みと恐怖にただ泣く彼女に、何も説明などできやしなかった。

 ただそのお陰か、雪が弱くなり娼館に向かうときには、素直に従ってくれたのだが。


 ヒースが説明をしたのは『銀猫』に着いた後……娼館主に、だ。

 勿論、事の経緯と、説明できなかった旨を。

 主はヒースを責めなかったが、責めない代わりにこう告げた。


  「お前が話して、決めろ。彼女の行く道を」

  「え……」

  「あの娘は『神の御許に行きそびれた』と。ただ泣くばかりで誰の言うことも聞きやしない。だがヒース、お前の言うことなら聞くだろう」

  「ですが……」

  「ヒース」


 名を呼んだ『銀猫』の主の口調は変わらなかったが、口答えを許さない響き。身を強張らせたヒースに、彼はゆっくりと近付いてこう続けた。



  「お前が決めるんだ」



 数秒の沈黙の後で、背中をばんばんと叩き、「どうとでもしてやるから」と笑って言った主。


 ヒースは知らない。

 自分が部屋から出た後で「主はヒースに甘い」と、皆笑っていたことを。



 二番目の少女は、マギー。

「女は純潔でなければ」と言うマギーには、他の仕事を紹介した。マギーは切なげに瞳を潤ませ黙ったが、やがて「貴方がそう言うなら」と了承した。

 マギーも懸命に仕事に努めたが……冬になると凍傷になった部分が痛み、なにをするにも厳しかった。


 やがてマギーが町にも慣れた頃、少し垢抜けた彼女は、自らの意思で娼婦になった。

 既に彼女は、純潔を失っていた。




 三番目の少女は、名前すら知ることはなかった。


  「私は売られたのね」


 たったひとつ発した、彼女の言葉。

 ヒースは否定も肯定もできないまま、食事を出し、ベッドをあてがった。


 ──窓の割れる音。


 急いで部屋の扉を開けるも、彼女は既に居らず……開いた窓から入った雪が降り注ぐ。マギーの時を思い出し、外へと走ったが、結末は違っていた。


 彼女は土に還るつもりで、外に出たのだ。


 硝子の刃を持つ手は迷いなく、ヒースの目の前で首を切った。


  「──どうすればいいってんだ!どうすれば……っ」


 叫びながら、もう助からない少女から勢いよく噴き出した血を、必死で止める。

 だがそれはあまりにも、無意味な行為だった。


  「…………」

  「!」

  「……」


 最後に彼女が口にした言葉……もう声は出ていない。



 か み さ ま 。




  「くそッ……!」


 そう吐きながら、息をしなくなった彼女の小さな身体と……周辺の血を掻き集めて毛布で纏め、いつかの男達の死体と同じ様に処理した。


 無慈悲なようだが、村の弔いも実は大差がない事を思い出す。


 遺体は花と共に布に(くる)み、森に棄てる。その人の生命が生まれたとされる方角へ向けて放るのが習わしだ。


  (神なんていない。だけど)


  「……還れると、いいな」


 虚ろに目を向けてヒースはそう呟いた。

 そこがせめて、彼女の生命が生まれた方角であるように、と祈りながら。

 




 そしてまた数年の時が流れた。


 もともとお喋りな方ではなかったヒースだが、『狩人』となってからはより寡黙になっていた。

 答えはずっと、見つけられない。未だにそんなものをさがしているのか、とあまりのくだらなさに自嘲すら漏れる。



 ある日、娼婦達が妙にはしゃいでいた。

 商人の客から珍しい異国の鳥を貰ったという。


  「……あっ!ヒース、それ捕まえて!!」


 籠から逃げた一羽。

 それはアッサリ捕まった。



 風切り羽根を切られた鳥。

 空を知ったところで、そう遠くまで飛べやしない。獣にやられるか、安全な籠に戻るか──




  (まるで自分達の様じゃないのか?)


 はい、と渡すと女達は甚だしく適当に、ヒースを持ち上げた。その安い言葉に彼も笑う。

 あまりにも普通で平和だ。

 これが不幸だなんて、誰が言えるというのか。


  (グズグズといつまでも悩んでいるのは、きっと俺だけなのだろう)



 ──それでも。




 外に出ると、青空が広がっていた。

 雲の流れが速い。



 今年の夏は厳しく、長かった。

 冬はどうだろうか。



 これからヒースは森へ行く。

『銀猫』の、狩人として。


 ヒースは丁寧にしまうように、気持ちにそっと蓋をし……空気銃を手に取った。

ヒース編では、アレッタのとのやりとりは描かないことにしました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 何が正しいのか、きっとそれは永遠に出ない答えですね。 平和な日常ですらそんなことはあるのだから、きっとキースにはいくつもそんな思いがあるのでしょう。 彼が良かれと思ってした行動、それがちゃ…
[良い点] 人生経験とともに色々なことを知り、色々なことに携わり、それだけ、自らを包む籠の数を、自ら増やしていくヒース……。 その開け方を巫女たちに託し、しかしそれはそもそもが個々人のものであるがゆ…
[一言] そう。完全な自由は完全な自己責任と表裏一体ですよね。 完全な自由を欲すれば、最後は自給自足で生きて行かなければならない。 この物語の登場人物は私たちから見れば不自由にも見えます。 だけど、別…
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